オーラルヒストリーの面白さと危うさ(46)ー御厨貴『知の格闘ーー掟破りの

 元東大教授で今は放送大学教授の御厨貴さんとは二度お会いしたことがある。一度は読売新聞主催の憲法をめぐる座談会。今一度は、ある雑誌の編集者の仲立ちで太田昭宏代表(元国交相)と一緒に食事をした。いずれも未だ彼がTBSテレビの『時事放談』の司会(2007年から放映)に出るようにはなっていなかった頃のことだと思われる。特に、太田代表(当時)と共に会った時には、学者らしからぬ軽いタッチの方で、実に話しやすかったとの記憶が残っている。その際に「是非とも公明党のすべてを語り合いたいから別に機会を設けませんか」と言われたのに、太田氏の都合で実現出来なかった。これには悔いが残る。あれは絶対に受けるべきだと思った。私一人でもと思ったが、役不足ゆえ引き下がった▼その彼の近著『知の格闘 ー掟破りの政治学講義』は、「学問は、バトルだ 好奇心が躍動する前代未聞の東大最終講義」と新書の帯にあるがごとく、政治学者の通常の枠を超えた面白い中身になっている。全編これ裏話特集といった感じで笑えるエピソードや秘話が満載されていて興味深い。衆議院議員を6期20年務め、それまでも政治記者や代議士秘書を20年ほどやっていた、「永田町通」の身にしても、初耳や初お目見えのようなこともあって”勉強”になった。新聞や週刊誌、テレビのニュースでだけでしか政治の姿かたちをご存じない方には、特にお勧めしたい。この人の放送大学講義で『権力の館』なるタイトルのものがあったが、毎回くい入るように映像を追った。戦前戦後の政治家の個人宅を中心に、あれこれエピソード風にまとめたものだったが、最高に興味深かった。つい我が家と比較してしまい、その都度惨めさを催したものだが▼私は小泉内閣の最後に一年間だけだが、厚生労働副大臣を務めたことがある。それ以前にもこの人物を秘書時代にウオッチしたことがある(旧神奈川二区の時代)。その私だけに、御厨さんの「小泉純一郎評」は出色の出来栄えだと感ずる。小泉氏のオーラルヒストリー(政治家の口述を歴史の証言として記録する)が難しいという理由を挙げているくだりである。理由の一つとして、小泉氏が徹底して自分の関心のあることしか喋らないことを挙げている。なにしろ、講演会で喋りたいことしか喋らず、時間が残っていても、自分の気分でさっさと止めて帰ってしまう、と。「相手があって自分があるとういうことを考えない人だ」とまで断定し、「小泉という人は記憶を失ってい」るし、「やったことをたぶん次から次へと忘れていっている人」だとまで言うのだから凄い。オーラルヒストリーにならなかった恨みが垣間見える。総理大臣を5年もやっていたのだから、そこまでは酷くなかろうと弁護したくなるぐらいである▼ともあれ、最終講義の気安さゆえか、生来のこの人の性格からか、言いたい放題はまことに小気味いい。ただ、政治家の口述は記録する方の姿勢がかなり問われる。玉石混交の発言をすべて真に受けていくと、やがて出鱈目なことが歴史の事実として残り、誤ったイメージを随所にばらまきかねない。したがって、よくこの手のものは監視する必要があろう。例えば、中曽根内閣の官房長官として名を残した故後藤田正晴氏が「公明党はちょっと危ない」とし、その理由は「この国への忠誠心がない政党」だと、共産党とある意味同一視している。これには御厨氏は「俺が死ぬまで吹聴するな」と言われたようだが、最近は(時効だから)喋っているという。この話には、「先日、公明党の代表に言ったら嫌な顔をしていました(笑)」というオチがついている。こういう箇所に出くわすと、なおさらとことん公明党について彼と語っておきたかったとの思いが募ってくるのだが(2014・9・2)

     【御厨貴さんについては、私は自著『77年の興亡』の中で、平成の30年が終わって、昭和の最後の頃に戻ってしまったとの見立てを持っておられるのではないかとの疑いを抱いたことを指摘しています。その疑いは未だに続いており、一度晴らしたいと思いつつそのままになっているのは残念です。公明党についてはさまざまな論考をものしておられるだけに、よく分かっておられるはず。自公政権20年の重みを理解せず、単に昔に舞い戻ったとの評価はいただけないと思ったものです。

 団塊世代ジュニアに当たる教え子・佐藤信さん(当時研究員)との『中央公論』(2012年7月号)の「先生このまま逃げる気ですか」という対談は面白いものでした。世代間格差の現実を指摘され、正直に逃げるしかないと答えたとあるのには、感心しました。こういう先生に教えられた学生は幸せだなあと思いました。(2022-5-13)】

 

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