アジアとどう向き合うか「戦後責任」を問う(57)ー大沼保昭

「慰安婦問題」をめぐる朝日新聞の問題について様々な論評が飛び交ったなかで、最も共感できたのは文藝春秋11月号の大沼保昭元東大教授の論文だ。この人は「アジア女性基金」の理事を12年間にわたって務めてきただけあって、メディアの報道ぶりを熟知している。タイトルは「慰安婦救済を阻んだ日韓メディアの大罪」とあり、肩には「朝日・本田雅和記者との対決」とあるが、決して朝日新聞のみを追及してるのではない。とりわけ、今後の課題として①日本にいる外国人特派員の報道②英字紙ジャパンタイムズの問題をあげ、国際社会でのイメージ形成に着眼していることは興味深い。また、朝日と読売に、共通の公共空間の基盤を持てと提案していることも首肯できる▼大沼さんとはかねて昵懇にさせていただいていることはしばしば書いてきた。ご自宅にも伺い、東大を定年で退職された際の最終講義にも出かけた。そして娘さんの瑞穂さんが参議院選挙に出馬されるにあたり、そこそこ助言もさせていただいた。初産直後の幼子を母親に預けての政治家への転身は、本人はもちろん、家族全員に苦労が多かったことは想像に難くない。何よりも大沼夫人の苦労が思いやられた。その大沼さんから今夏に一冊の本が送られてきた。大沼保昭、田中宏、内海愛子の3氏が加藤陽子東大教授の司会のもとに鼎談をした『戦後責任』である。当時の私の読書リストでの優先順位は高くなく、書棚に放置していたが、文春に触発されて思いを改め、一気に読んだ。様々な思いを巡らせるに格好のテキストと、いま満足感に浸っている▼中国、韓国、北朝鮮など隣国との関係はこれからますます息をつめる関係になっていくことは必至で、すべての前提として「戦後責任」は解決が迫られる課題だ。お互いが身の内から湧き上がる”ナショナリズムの虫”に翻弄されている限り、北東アジアに明日はない。私は電子書籍でこの夏の初めに畏友・小此木政夫慶大名誉教授との対談『隣の芝生はなぜ青く見えないか』を出版したが、その問題意識も大沼さんたちと共有している。中身はともかくとして、タイトルは我々のものの方が人の食指を動かすものと思うがどうだろうか。「戦後責任」は直截すぎるし、若い人には敬遠されかねない▼いままでこのテーマで様々なものを読んできたが、この本は実に分かりやすい。これは参加メンバーの誠実なお人柄のなせるものだろう。この本の交通整理役を自任する加藤さんがあとがきに「才気煥発で喧嘩早い弟を、穏やかだが芯の強い姉(内海)と、穏やかだが危機の局面にめっぽう強い兄(田中)が、温かく見守っているという空気が流れた瞬間」を描いている。弟は「瞬間湯沸かし器」と揶揄される大沼さんを指すが、本当に笑ってしまう場面が登場する。これはみなさん読んでのお楽しみだ。ともあれ若い人に読ませたい。そして、市民運動が何たるかを考える人たちにとっても凄く参考になろう。「当事者の思いを実現させるため、箱根駅伝みたいに、自分に課せられたー神様が課すんでしょうかねー区間というか期間をとにかく走り続けて次の走者にたすきを渡していく。ほとんどは途中で倒れてしまうけど、ごく稀にゴールインできる人もいる」との大沼さんの言葉が胸に迫ってくる。(2014・10・25)

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