以前に触れたように幕末史に興味を持って継続的に様々な本を読み漁っている。これまでは歴史家ではない人たちのものを読む機会が多かったが、専門家のものに初めて挑んだ。といっても新書だから読みやすかった。日経新聞で激賞されただけのことはある。佐々木克『幕末史』だ。明治維新史を専門とされている人で、「欧米列強に対して手も足も出すことができなかった軍事的弱小国家日本が屈辱をバネにして立ち直って近代化を達成した、国家建設の物語として」取り上げている。前々回の半藤一利さんのものと全く同じタイトルにしたのは恐らく意図的であろう。反薩長史観に貫かれ、国内の抗争にばかり目を向けたと見られがちなものに、敢えて対抗心を燃やされたと見られなくもない▼ペリーが浦賀に来航した1853年から王政復古を経て明治維新政府の誕生までの15年間を5つの章に分けて論述したあと、明治国家の課題までを追っている。正直に言って最初の2,3章ほどは興味津々の書きぶりで実に面白い。が、後半はいささか冗長に堕して難しく受け取られざるをえず、竜頭蛇尾の感は免れない。ご本人があとがきに記しているように「大腸癌と共生しながらよたよたと歩いている老人」らしいところも散見される。しかしそういう点を補って余りあるほど迫力は漲っており、久方ぶりに読書メモを取りながらの読破となった▼日本の歴史の中でも幕末史は、150年ほど前のものだけに手を伸ばせば触れるような位置にある。歴史家たちが参考にし考え抜く材料となる資料はふんだんにある。それをどう読み解くか。歴史家に交じって様々の評論家や作家、最近はコミック・クリエイターらの参入もあり、幕末史は百花繚乱の傾向にある。既に読み終えており、近く取り上げようと思っている井沢元彦氏の『逆説の日本史』幕末年代史編全4巻などには、みなもと太郎の漫画『風雲児たち』を絶賛していて興味深い。そういう歴史書に見られる昨今の軽い風潮に、74歳の歴史大家としてはじっとしておられぬ思いで一般の人びとの目に少しでも触れるようにと、巻き返しの気概で筆をとられたのであろう。「余計なことを書かなくてもわかるとお叱りを受けそうだが」とことわりながら、「(文久3年8月の政変について)問題なのは審査にあたった編集委員も、同じようなレベルで欠陥を見抜けなかったことである。マンガやアニメの読み過ぎ見すぎではないかと笑ってすまされない」などと延べ「歴史研究の基本にかかわる問題」についてはあえて厳しく言及している▼また、「公武合体派や尊攘派とグループ分けすること自体が問題なのだ」とも。「いま何が緊急かつ重要な問題なのか、その問題設定によって立ち位置がかわり、発言に濃淡があらわれる。何々派だから、このような意見になるというのではない。これが幕末の政治世界なのであり、政党政治の時代ではないのだ」と安易に考えがちな今どきの歴女や歴史好きの甘ちゃんたちをたしなめておられる。当時の目まぐるしく動く状況をてっとりばやく理解するために、一般的には開国派と攘夷派に仕分けしてみたりしがちだ。そのあたり一概に否定すると歴史研究の興をそがれそうになってしまうので考えものではないのか、と私などつい自らを慰めてしまうのだが。(2015・1・19)