私が初めて世に問うた本は『忙中本あり━━新幹線車中読書録』(2001年)である。この本を出すについては色んな方面からクレイムがついた。まず親友。「人がどんな本を読んだなんかは、普通の人は興味を持たない。だから売れない」。次に弟。「新幹線に乗ってる間に読んだ本の書評集なんて、議員は暇だなあって思われるだけ」。次に先輩議員。「政治家が書いていいのは回顧録だけだ」。最後にある新聞のコラムニスト。「この政治家が将来どんな仕事をするかが興味深い』。それから25年。「読書人」の名はちょっぴり頂いたが、本は売れず、政治家としても大成しなかった。だが、議員は辞めても書評は続けている。そんな私に書評を書けと、英文学者にしてスペイン専門家の川成洋法政大名誉教授が言ってくれた。この人との出会いは遠く新聞記者時代に遡る。私が20代後半の頃。50年も前のことだ。80歳を悠に越えられても、今なおあくなき創作欲で年に数冊もの専門書を出版され続けている。尊敬する学者が出される書評集に名を連ねさせてもらうことだけでも名誉なことと思った。その本が昨日届いた。直ちに書評集の書評を書いたしだい◆この本には30人の各界の専門家が「一冊の本」を勧めている。そのうち4人のものを紹介したい。私が未読の古典を取り上げた人2人と、中国の真実を伝えていないとの観点から1冊を選んだユニークな人と、編纂者に敬意を表して川成さんの合計4人4冊である。まずは、川成さんから。この人が選んだのは平田オリザの『名著入門━━日本近代文学50選』。樋口一葉の『たけくらべ』から別所実の『ジョバンニの父への旅』まで50冊を取り上げ、「日本近代文学の大きな流れを跡付けている」と。嬉しいのは中江兆民の『三酔人経綸問答』が一番初めに出てくること。この本は私の政治への開眼の書である。勇ましい豪傑と理想論の洋学博士と調整役の現実的な南海先生。「当時の政治思想の迷走がこの三人の論者が見事に鮮明にしている」とあるが、大筋これまでの日本の政治は殆ど変わっていない。それどころか「自由とはとるべきものなり、もらうものにあらず」との兆民の主張を全く理解していないために「いまだ世襲議員を選出している」。日本人は「何時になったらこの馬鹿馬鹿しい政治状況から訣別するのか」との指弾が胸に突き刺さる◆未読の古典は、ロジェ・マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』とジョナサン・スウィフト『ガリヴァー旅行記』。前者は元フランス大使の小倉和夫さん、後者は東洋大理事の小島明さんの手になる。『チボー家の人々』は私の仕事上のボスだった市川雄一公明党書記長から幾度となく読後感を聞かされた本だが、聞き流してきた。弟ジャックの反戦の姿勢を「国家利益と国の栄光に向けて国民の情熱を煽ろうとする権力と、勢力に対する市民の抵抗精神にあったのではないか」と捉えて、「ナショナリズムを扇動する政治権力が世界に満ちている」いまこそ、噛み締める価値があるとしている。傾聴に値する。また兄アントワーヌの、「一見常識的、小市民的生き方こそ、実は無理をしない、それでいて、堅固で粘り強い生き方とも言えるのではないか」として、時代の変遷をこえていつの世にも通じる「普通の市民」の強さがかくされていると指摘する。惹きつけられ、この本を読んでみたいと初めて思った。『ガリヴァー旅行記』も前から気にはなっていたが読んでこなかった。つい先ほど毎日新聞で絵入りで連載されていたが、やり過ごして後悔していた。改めてヨーロッパで、「今では偉大かつ不朽の風刺文学であり、これまでに書かれた最高の政治学入門書」だとの評価がなされているとか。子供向けと捉えられることが多いが「大人への教訓がいっぱい盛り込まれた」「人間が分る、社会が分る、人生の指南書」との位置付けが眩しい。今度こそ読もうと決意した◆さて最後は、ノンフィクション作家・細川呉港さんの安藤彦太郎編『現代中国事典』である。これは中国文化大革命を礼賛した人々の手になる事典である。目の前で起こった「事実」を報道することが実際には「真実」に程遠いことを克明に明かしている。実は私の学問上の師匠・中嶋嶺雄先生は、日本中の中国礼賛の流れに抗して、ひとり「文化大革命批判」をやってのけた。それだけに、間違って中国を捉えた学者や新聞社の失敗の背景が私にはよく分かる。ついでに、この人の書評にまさるとも劣らぬユニークさを持つのが私のものだと自負しておきたい。ハーバー・リーの『アラバマ物語』を取り上げたのだが、映画と小説の双方を比較しつつ、モッキンバード(ものまね鳥)に「人種差別の寓意」を見たとの独自の読み方を示した。人のものまねで差別をするなとの思いが分かっていただけるだろうか。拙文を読んで実際に本を読み映画を観てくださる人が1人でもおられれば、嬉しい限りだ。編纂者の川成さんは、「はしがき」の冒頭に「皆さん、本を読みましょう。いや本を読んでください」と書いている。そして同じ言葉を文末に繰り返して終わっている。渾身の思いを込めて、遅れて生き来る青年たちに読書の効用を説いて止まないのだ。(2025-4-4)
【172】これぞ「その本」を読みたくなる書評集━━川成洋、河野善四郎編『今、あなたに勧める「この一冊」』/4-4
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