Monthly Archives: 10月 2016

(174)迫りくる老いと死に立ち向かうー津野海太郎『百歳までの読書術』など

この夏に忘れ物を幾たびかしてしまった。何れも新幹線やバスといった乗り物の中で。一度は、姫路駅での改札口で切符を出す際にないことに気づいた。二度目は家に帰る途中で新幹線の中にアイパッドを忘れた。そして三度目は、バスの中に携帯電話を置いたままにしてしまった。いずれも最終的には手元に戻り事なきを得たが、あれやこれや大騒ぎをしてしまい、面目ないこと夥しかった。更にもっと酷かったのは、戸外でメガネを外してどこに置いたか分からず往生したことだ▼家人からは「もうこれからは首に巻き付けておいたら」とか、「次はいのちを落とさないようにね」と呆れられ、「そろそろ痴呆症ね」と真剣に懸念されている。そんな折も折、津野海太郎『百歳までの読書術』を読み、勇気づけられるというか、慰められた。この本は73歳の著者が自身の読書にまつわる日ごろの思いを書き綴ったものだが、そこは同世代、自ずと色々共感する場面が登場するのだ。最も同意したのは「六十代は過渡期に過ぎない。五十代と七十代のあいだでなんの確信もなく揺れているやわな吊橋みたいなもの」という表現。そう、私も還暦が過ぎてまだまだ若いと思っていた間に、10年が経って七十代に入って、一気に老いを感じるようになってしまっている▼山田風太郎『人間臨終図鑑』は、誕生月が来るたびに紐解く書物だが、近ごろその衣鉢を継ぐ新たなる書物に出くわした。関川夏央『人間晩年図巻1990-1994』である。前者は古今東西の歴史上の人物を死亡年齢順に集めたものだが、後者の方は90年代前半(後半は別に)に亡くなった人々の死にざま、生き方をコンパクトにまとめたもの。ついでに90年代がいかなる時代であったかがわかる仕掛けになっており、なかなかに読ませる印象深い本である。34人が登場するが、私より年上は 9人だけ。同い年で逝ったのは乙羽信子と吉行淳之介の二人。後は皆年下というのはいかにも寂しい▼というわけで、このところ改めて「生と死」を否が応でも感じさせられている。19歳で信仰の道に入り、50年余。途中、政治家生活にどっぷりつかってしまい、回り道をした感が強いが、引退して4年。そろそろ信仰者として完全復活をせねば、と思っている。そういうさなかに、畏友・志村勝之(カリスマ臨床心理士。電子書籍『この世は全て心理戦』の対談相手)がこの一年かけてブログとして書き綴ってきた『こんな死に方がしてみたい!』が完結した。自身の頭と心で考え抜いた手強い本である。同時代を生きた男が渾身の力を込めて書いた「生死論」であり、「死に方研究」でもある。とてもこれは見過ごせない。これから私も一年近くかけて彼の本を読み解き、自分なりの「生死論」と「死に方」ならぬ「生き方研究」をものしてみたいと思うに至っている。(2016・10・6)

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(173)面白すぎてやがて悲しい後味の悪さーP・ルメートル『その女アレックス』

久しぶりに犯罪推理小説を読んだ。「このミス」を始め4つのミステリーランキングで第一位を取り、史上初の6冠に輝く今年最高の話題作という。ピエール・ルメトール 橘明美訳『その女アレックス』。大学でも政治家としても先輩の日笠勝之さんから、ぜひ読むといいよと頂いた。このひとは知る人ぞ知る山本周五郎ファン。あまりこの分野は好きではなかったのではとの印象が強かったが。猛暑も終わり、秋の夜長に何を読もうかという向きには絶対的なお勧め▼推理小説についてはその中身を話してはルール違反だとは自明のことだが、この本のカバーにはわざわざ「読み終えた方へ:101ページ以降の展開は誰にも話さないでください」とある。パリの路上で若い女(アレックス)が誘拐され、目撃者の通報を受けて警察が捜査に乗り出す。3部構成で、各部ごとの章が25、25、11頁と、一章あたりの分量が短い。第二部までは、章ごとにアレックスと警察の視点が切り替わる方式。このテンポの速さが凄く読み易く、加えて鬼気迫る。そして圧倒的にアレックスの視点の方が、息が詰まり手に汗握るのだ。ばらしてもいい100頁の最後は、こんな感じだ。素っ裸の身体を折り曲げた状態で小さな籠状の檻に入れられた彼女は衰弱する一方。それを虎視眈々と狙うのは人間ではなく、ネズミだ、と▼かなりの面白さなのだが、読み終えての印象は後味が悪い。陰惨極まりい殺し方もあるし、ひとつひとつの殺しの場面が唐突で脈絡がない。要するに意味なき殺人だとしか思えない展開の仕方なのだ。それが最終部で一気にどんでん返し的な収束の仕方をするのだが、どうもストンと落ちない。読み終えて数日が経つが未だすっきりしない。読み終えたもの同士で語り合いたいが、身近にいないのが残念だ▼主人公が145㎝ほどの小柄な男で、脇役が大男とか太ってるとか対照的な人物が登場する。あるいはかなり高額の衣服や装身具を身にまとう洒落男と、正反対に貰い煙草や貧乏ぶり丸出しの徹したケチぶりの男だとかが対比するかのように描かれ、ユーモラスだ。高名な画家であった主人公の母親の遺作の処理やら彼の絵に対する嗜好など思わせぶりに書き込まれているが、特に話の主題には最後まで関係してこない。こんなことでいいのかなあと思わないでもない。英国推理作家協会賞受賞というのだが、そこいらは英国に、フランス的なるものへの憧れがあるのかなと邪推さえしてしまう。そして、私のような素人には327頁の最後の行から次の頁の数行の書き方が納得いかない。もっと技巧が凝らされた書き方でないと読者は簡単に騙されるだけだ、と。お勧めだといいつつ、あれこれとケチをつけてしまった。読むものをしてアレックスをグイと好きにさせながら、この結末は何だと怒りが沸いてきたからかもしれない。(2016・10・1)

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