日本3分断の危機ー門田隆将『死の淵を見た男』を読む

大津波が福島第一原発を襲った。「全電源喪失、注水不能、放射線量激増」-わたしたちが生まれ住むこの国・日本が殆ど死滅する寸前までいっていた。北海道と東日本、西日本に3分割されかねない状況ーもちろん東日本は人の住めない地域になるーにあったということを改めて思い知らされ、背筋が凍る。誰しも思い出したくないこととして、わざと忘れたふりをしている事実の集積が目の前に突き付けられる。読み終えて改めて思う。タイトルの『死の淵を見た男』はどうもふさわしくない。ここは『国家の死の淵をみた人たち』にすべきではなかったか、と。門田隆将ー元週刊新潮の記者にして、読売テレビ『そこまで言って委員会』の常連出演者。この人の成し遂げた仕事はとてつもなく大きい。7年前の大震災による津波で被った福島第一原発の被災は、あの「チェルノブイリ」の10倍にも及ぶものであった。それをギリギリの状況で食い止めたのは吉田昌郎所長とその部下たちだった。それを克明に記し続けた門田氏。何よりも驚くのは事故後僅か1年半余りで出版されていることだ。私が読んだのは2016年に一部加筆修正された文庫版による。先日ご本人がテレビで説明しているのを見て、手にしたのだからいかにも遅い。恥ずかしいことだがこの7年避けてきていたのである■政治家のひとりとして、関心があったのは、あの時の首相・菅直人氏の対応だ。彼が事故直後に現地に行ったことで、対応に多くの齟齬をきたしたことは良く知られている。この本でもそのあたりは極めてリアルに描かれている。いかに菅直人という人物が常軌を逸した怒りっぽいひとであるかが手に取るようにわかる。日本は、大災害の時代といわれるこの30年ほどの間に、村山富市、菅直人と二人までも統治能力に欠ける政党の、しかも統率力のない人物をトップに抱く不幸な巡りあわせに出くわした。だが、門田氏は丁寧に菅首相の言い分もしっかりと記載している。決して一方的に断罪はしていない。尤も、もう一人当時の政権にいた政治家が幾たびか登場するが、彼は驚くほどきちっと対応したかのように書かれている。その人物をそれなりに知っている身からすると、いささか眉唾もののようにさえ思われるほどだ。この辺り門田氏がわざと彼我の差を対比させたのかもしれない。国家存亡の危機に際して政治家の立ち居振る舞いは極めて大事で、仮に自公政権だったらどうだったろうかなどと思いを巡らせてしまう■だが、ここではそうした対比よりも、壮絶なまでの危機に立ち向かった時の東電の職員や自衛隊を始めとする様々な現場の戦いぶりを命に刻みたい。吉田昌郎、そして伊沢郁夫(事故時の当直長)や平野勝昭(その日偶々病院検査のため当直長を交替)を始めとする人々の文字通りいのちを賭けた言語を絶する奮闘ぶりは、社会学者の開沼博氏が解説に書いているように「(原発や福島に関する)玉石混交の書籍の中で、本書は間違いなく『歴史に残る3・11本』だ。それは筆者である門田隆将さんの圧倒的な力量による」し、「当時の福島第一原発で働いていた人々はもちろん、官邸、自衛隊、住民にも細かくインタビューを重ねながら状況を重層的に、広い視野を持ちながら描き上げた『福島第一原発事故の教科書』と言っても良い内容だ」との評価は全く同感する。吉田氏は若き日より宗教的素養があった。道元の『正法眼蔵』を座右の書にし、般若心経を諳んじるほど。そして命をかけて事態の収拾に向かう部下たちをして、法華経における地涌菩薩に見たてていた。残念ながら彼は事故の8か月後に食道がんの宣告を受け、その翌年(2013年7月9日)に帰らぬ人となった■吉田氏については作家の黒木亮氏による『ザ・原発所長』なる本がある。未読ではあるが、ネットによると、作者は吉田氏の生い立ちと人間形成の過程を明らかにし、彼の功罪を論じる材料を提供したものだとしている。要するに吉田氏の「光と影」のうち、影の方にも目を向けているのだろう。要約すれば彼が原発所長として、「本社で津波想定を潰した一人だ」し、補修や保安点検作業を大幅に切り詰めた張本人だという。「安全設計を自分でゆるがせにしておいて、事故が起きたら想定外だと言い逃れ、悲劇のヒーローになっているのは許せない」との声も東電の技術者たちの一部から上がっている、と。そうしたことがあったにせよ、この国が死の淵に立ったときに彼らがそれを救ったことは間違いない。光と影の双方を見据えたうえで、なおあまりある得難いものを提供してくれる本である。(2018・3・30)

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