先日、久方ぶりに映画を観に行った。今話題の『北の桜守』である。吉永小百合の120本目の出演作で、総合雑誌『潮』の「人間探訪」欄に、同映画の監督・滝田洋二郎さんが取り上げられていたこともあり、足を運ぶ気になった。映画の出来栄えについては、泣けてくる感動はあったものの、スピードとリアル感がないと満足しない私としては”いま一の作品”だった。吉永小百合のあの若さは尋常ではない。それこそ特殊メイクをほどこして年相応の苦労がしのばれる老母に見せてくれなければ、と思ってしまう。感情を昂らされたのは、次男が子ども時代に仲間からいじめを受けるシーンだ。貧しいこどもを皆で寄ってたかって辱める場面は印象深い。後年になっていじめの張本人にたまたま”意趣返し”する機会が訪れた場面はカタルシスさえ感じる■実は、先に紹介した『不死身の特攻兵』と併せて高柳和江さんが同時に薦めてきていたのが、中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』である。つまりご丁寧にも2冊送ってきてくれた。というしだいで、映画を観た後に改めて「いじめ」を考えるに及んだ。高柳先生は、「特攻兵」を読んで、その非効率さ(殆ど飛行機による敵艦体当たりの成果は上がってなかった)と共に、日本の軍隊における理不尽極まりない「いじめ」に改めて憤りを感じた。集団から外れることを避けようと、外れたヒトを皆でいじめるパターンを日本的なマイナスの文化として指弾する。彼女は、中野さんが脳科学者として縦横無尽に「いじめ」について語っているのを知り、私に読ませたいと思ったのに違いない。確かにこれまでの「いじめ」に関する本とは違った視点が提供され、刺激を受けた■「いじめ」に関わる脳内物質としてオキシトシン、セロトニン、ドーパミンの三種類が紹介されている。それぞれ、仲間意識を作るホルモン。安心感をもたらすホルモン。快楽をもたらすホルモン。一言でいえばこういう風になる。このうち注目されるのはセロトニンで、早く言えば、これが少ないと不安感を感じる傾向が強い。しかもこれが日本人はほかの国に比べて多いという調査結果がある。それによると、調査の対象になった29か国中最も多いのが日本。日米比較をすると倍も違う。つまり、日本の方が心配症のヒトがどの国よりも多く、アメリカとは1対2というから驚く。中野さんは「日本人は、先々のリスクを予想し、そのリスクを回避しようと準備をする『慎重な人・心配性な人』、さらに他人の意見や集団の空気に合わせて行動しようとする『空気を読む人』が多くなる傾向がある」という。なぜ日本人にそういう傾向が強くなったのか。中野さんは江戸時代に原因を求めている。つまり、平和な時代だったがゆえに、皆と協力する人、リスクに対して慎重で裏切り者には糾弾する人が生きやすい傾向が定着、それが後々の日本人の遺伝子に反映されたというわけである■これまであまりこんな風の日本人論はお目にかかったことがなかった。こうした遺伝子が持つ傾向ゆえに、日本人にいじめが多いと言われても俄かに賛同でき難いのだが、興味深い指摘ではある。更に新たな発見として、いじめが増える時期が6月と11月だとの主張にも驚く。日照時間が変わると、「セロトニンの合成がうまくできず、分泌量も減り、その結果、不安が強まり”うつ状態”を経験する人が散見される」と。この時期は運動会や学芸会など団結が求められるだけに、いじめの標的になると過激になりやすい、とも。そうしたことから人間関係のトラブルを避けるための手だてを実に細かく提案している。はたして学校現場でこれらに着目するかどうかわからないが、取り入れてみる価値はありそうだ。また、学校や教師の側は「いじめがなかったらなかったことにしたいというのが本音のはず」だから、あやしげなものは見て見ぬふりをするのは自然だという。このため、いじめを報告する努力が報われる環境を作るとか、現場の教育関係者のモチベーションが高まる仕組みを担保する必要を強調している。日本でいじめが激化しやすいのは同調圧力という向社会性ー先生すらも傍観者にさせてしまう同調圧力の強さーだとの指摘は深刻にならざるをえない。(2018・3・26)