この30年の移ろいの真の切なさー芹川洋一『平成政権史』を読む

「細川護熙から、麻生太郎に至るまで、日本の総理の名前を順番に言えますか?またそこに一つの特徴があるのをご存知?」ー民主党政権が誕生した頃のこと。ソ連からロシアへの100年の変遷の中で、10人の指導者が変わったが、その人たちの順番に法則がある(ハゲ・フサフサが交互に登場)というギャグを聞いて、思いついた。日本の場合はわずかな期間に10人も立て続けに変わっており、しかもそこにもあるひとつの特徴を見出せるからである。お分りだろうか。それはさておき、日本経済新聞論説フェローの芹川洋一さんが『平成政権史』を書かれたと知って、飛びついた。平成の30年が終わろうとする今、うってつけの本であり、近く私風の『回顧録』をまとめる際に、参考にしたいからだ。加えて、彼が中心になってまとめた日経の『憲法改革』なる本の、目の付けどころを高く買っていたからである▼この本は、竹下登政権から説き起こし、今の安倍晋三政権に至るまでの30年17人の政権について、それぞれどんな政権だったかを、10編に分けて追っている。ご本人があとがきで書いているように「独断と偏見のそしりをおそれずに、政権の特色を簡潔にまとめ、平成の政治を大づかみにすることをめざし」ており「日本の政治の30年が縦と横から見えてくるのではないか」と自負しておられる。もちろん、大筋でそれは間違っていない。昭和44年、佐藤政権の頃から公明新聞の政治部記者として曲がりなりにも18年、昭和末期の頃の衆議院秘書を経て、平成元年に衆議院議員候補なって苦節5年の末に当選し、20年間政治家を続け、引退後5年余の今に至るまで、ずっと日本の政治を見続けてきたものとしても、役立つ視点は少なからず見出せる。そして、この間、小沢一郎という政治家に翻弄され続けたという底流に流れるものもよくわかる▼だが、それを認めた上で、この30年史は、脇役を欠いた映画のように、物足りなさが残ることを指摘せざるをえない。「芹川さん、これはちょっと」と。なぜか。公明党に向き合った記述が殆ど出てこないのである。そのうちきっとと思い、最後まで読み続けたが、見事に期待は裏切られた。小渕政権のところで、辛うじて「今日につづく自公連立の起点がここにあることは第1に指摘しておかなけてばならない」とあるだけ。しかも、本文最後に「30年たって政党の体制がもとに戻ってしまった」として、めまぐるしく政権の組み合わせは変わってきたが、結局、全く同じだというのである。以前の、自民・社会・公明・民社・共産の5党から、今の、自民・公明・立憲民主・国民民主・共産の5党へと、「かりに立憲民主党を社会党に、国民民主党を民社党と想定すれば、全く同じである。30年たってひと回りということ」だ、と▼確かに表面的にはそう見られる側面は否定しない。しかし、「全く同じ」とは。公明党は30年前には野党だった。今は与党である。いくらその存在が軽くとも、それを押さえずに、この30年の政治を概説したと言えるのだろうか。これでは孫や子に残す平成政治の歴史としても不正確と言われよう。安倍長期政権の理由として10の項目をあげているが、その中の四番目に「保守派の政権ながら、政策が左側、中道リベラルの側を向いている点こそ政権延命の肝である」とある。ここに、公明党との連立政権の特徴の表れを見ずして何を見るのか。続けて「野党的な考え方を先取りして、無党派層を取り込むねらいがみてとれる」と、その「現実主義者」としての側面を指摘していることを見ると、公明党を意図的に外したとさえ思えてしまう。「独断と偏見」だから、そんなに目くじらたてないで、と言われるのかもしれないが、それでは余りに切ない。(2019-3-18)

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