逆説、真説入り乱れての維新史ジャングル(78)

小説家や作家が書く歴史ものは面白い。専門家としての歴史家のものよりも。当然といえば当然なのだろうが、ついつい嵌ってしまう。元テレビ局勤務の記者にして、今は「逆説の日本史」シリーズ500万部突破という売れっ子作家の井沢元彦氏。何を隠そう実は私もファンのひとりだ。単行本と文庫本さらにはビジュアル版までも買い込んでいる。ネットではあれこれと反論が書きたてられており、「逆説の逆説」などとややこしい異論も花盛りのようで、これはこれで面白い。小学館発行の「週刊ポスト」で連載が始まったのが1992年1月というから既に23年も経っている。いやはや凄いことだ。ともあれ現代日本人をそれだけ惹きつけてやまないのだから▼ただ、現職の終わりころには読み疲れたというのか、しばらく読まない時期が続いた。2010年夏からの4年間ぐらいのことだ。ちょうど井沢維新史が始まる頃で、なんだかややこしいことを随分とねちっこく書いてるなあと思ってしまい、自身の人生の転機と重なったこともあって、遠ざかってしまった。それがひと段落ついたのが昨年の暮れ。放置していた18巻から21巻までの「逆説の維新史」全4巻を一気に読んだ。官兵衛を挟んで、龍馬や会津そして松陰など維新を飾った人物、地域をNHK大河ドラマが取り上げてきたこともあって、改めて維新史を整理したいという気持ちも起こってきていた▼どれが逆説で何が真説かなどという”歴史ジャングル”に入り込むつもりはない。前々回にここで取り上げた佐々木克さんのような正統な歴史家の「維新史」も味わい深いし、井沢氏のような異端児のものもどっちも魅力的だ。さらには、井沢氏が「この時代の歴史を学ぶのに最適の入門書である。コミックだから、外国人にもおススメだ。ビジュアルにすべてが表現されているからわかりやすい」というみなもと太郎氏の『風雲児たち』のようなマンガも。佐々木さんから「読み過ぎじゃあないか」と警告されようとも、面白いものには誰しも目が行く。井沢さんの本のいいところは、微に入り細にわたって繰り返して読者に迫ってくるところだ。開国派か攘夷派かといっても羊羹を切るように当時の人物群を分けきれないということは分かっている。しかしながら、それぞれに反幕派と公武合体派がいて、それはこういう連中だったと顔写真入りで一覧表にされると堪らない。ついそれに頼ってしまう。影響力たるや抜群なのだ▼今始まったばかりのNHKの『花燃ゆ』の松陰をめぐっても、井沢さんは通常歴史的素人にはお目にかかれない話を登場させ惹きつける。例えば、吉田松陰と長州藩きっての儒学者・山県太華の論争だ。これは当時、単なる「勤皇」が過激な方向としての「倒幕」へと変化していくうえで、避けて通れない松陰の思想を解くカギだとして語られる。当時27歳の松陰と78歳の太華という組み合わせの妙もさることながら、のちに「一君万民論」と呼ばれる松陰の考え方が現れているものとしても興味深い。これらは、松陰の『講孟余話』などの中身を知らないものにとって大いに関心を呼ぶ。このように書き進めてきて改めてわが身の不勉強に考え込んでしまう。「いままで何をしてきたのか」、「一体何を読んできたのか」と。そういえば、高校時代に日本史を選ばず、世界史と人文地理だったなあ、との若き日よりの過ぎ越し方を思いやってわが身を慰めるばかりだ。(2015・1・24)

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