同時代を共に生きた松本健一さんの死

それはまた突然の電話だった。「仙谷由人です」と。元民主党の代議士で、菅直人内閣の官房長官を務めた人物だ。前々回の選挙で落選し、昨年末の総選挙では出馬をしなかった。なんの話か、と耳をそばだてると、「あんたは、確か死んだ松本健一君と親しかったなあ」ときた。「そうだよ。惜しいひとを亡くしたよな」と応じた。彼によると、松本健一氏が亡くなる寸前まで出版に向けて校正に手を入れていた書物を、生前に親しくしていた人々に贈りたいから送り先を知らせろということだった。遺された夫人の久美子さんの意志だという。松本健一さんとは様々な思い出がある。彼も仙谷氏も1946年早生まれ、1945年生まれの私とは同じ学年でもあり、戦後70年の同時代を共に生きてきた。もちろん思想家としての彼の濃密極まりない生き方とは比べるべくもないが▼彼らは東京大学で同じクラス。他に作家の川本三郎氏もいたというからうるさい仲間たちだったと思われる。仙谷氏は、文藝春秋2月号の巻頭エッセイで「わが友、松本健一君を送る」という一文を寄せていて、興味深い。内閣官房参与に就任を依頼した際のいきさつやら、仙谷氏自身が13年前に胃がんを手術した体験を同じ病いに倒れた松本さんに語ったことなどが明かされている。私が彼を知ったのは、公明新聞に彼がかつて寄稿してくれた『1964年日本社会変革説』を読んで鮮烈な印象を持ったことに始まる。公明党には太田昭宏氏(現国交大臣)を始め知己が多い。代議士になってから党憲法調査会に講師として招いたり、個人的に食事を誘ったりもした。10年ほど前になろうか、韓国の専門家で儒教思想などに詳しい古田博司筑波大教授が「ぜひ紹介してほしい、あの人は本当に尊敬できる思想家だ」と言って私に仲介を頼んできたことがある。一夜、同時代の思想家同士が語り合う場に同席したことは懐かしい思い出だ▼届いた本は『評伝 北一輝 Ⅴ北一輝伝説』だった。文庫版のシリーズ5冊目の最終巻である。いかにも北一輝研究の第一人者らしい締めくくり方だ。併せてA4の用紙5枚の表裏にびっしりと書かれた「松本健一著作・著述リスト」が添えられていた。松本亜沙子編 2014年12月23日版とあった。ご長女である。松本さんが逝ったのは11月27日だから一か月ほどの間に亡父のために娘さんが作成されたわけで、いとおしさが募る。それによると、彼の処女作は1971年『若き北一輝 恋と詩歌と革命と』とあるから、まさに北一輝に始まって、そして終わったことになる。あとがきには「ともあれ、わたしはこの全五巻で、わたしの知る北一輝について語り終えた。本格的に北一輝のことを語る最後の人間になるかもしれないとの意識のもとに」とあった▼私の手元には松本さんの著作は数多くあるが、恥ずかしながら北一輝についてはあまり熱心な読者とは言えなかった。むしろそれ以外の歴史ものに目が向いてきた。例えば、『開国のかたち』はほぼ二十年前に出版されたものだが、好きな本の一つだ。今改めてひもとき、傍線を引いたくだりを眺め読むと、彼独特のしゃべり口調が蘇ってくる。「維新運動に女性が登場しないのはなぜか」という章などはまことに面白い。龍馬が寺田屋で襲撃された際にお龍が全裸で急を告げたという有名な場面。これを取り上げた松本さんは、お龍の存在感が際立ってるのはなにも「全裸」だったからではなく、「幕末史において男という志に拮抗する女の肉体として自立している、ということだ」と難しく言う。ここでの「松本的男と女論」は大いに惹きつけられる。「男というものは社会的な存在であって、法や制度や、志やイデオロギーなどによってみずからを支えなくては、生きてゆけない。それらのものに手もなく乗せられる」と。確かに。そして女については、「生活のほうが大事である。生活はじぶんの好きな男との生活であり、もっとつきつめていうと、じぶんの肉体とつながっている子どもとの生活である」と。それもそうだ。そしてそこから天皇へと話を大きく回転する。尊王攘夷運動や国体論において問題になる天皇が本質において「女性格」だとし、「日本における勤皇家、もっといえば志士は、この女性格の天皇のために、ひたすら力を尽すのである。それが「皇国」における忠誠心(ロイヤリティ)というものだった」と結ぶ。なるほどと感心するしかない▼彼は明治維新、昭和の敗戦の過去における二度の開国に続いて三度目の開国を待ち望んでいた。それにふさわしい憲法を持つことこそ新しい開国のかたちなんだ、と叫び続けていた。政治家として同じ志を持った私とは、それゆえに大いに期待を寄せてくれた松本氏と大いに気が合った。これから20年ほどの間には共に生きて実現させたかった。巨星堕つとの深い感慨とともに、どうしようもない喪失感が彼が逝って二か月余りの今もなお私を襲ってくる。(2015・1・30)

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