『エセー』と過ごせば暑い真夏の夜も……ーコンパニョン『寝る前5分のモンテーニュ』

暑い日々が続く。熱帯夜の中で、トイレに行ったのちに、汗にまみれた肌着を取り換え、二度寝をする際の気持ちよさ。こんなことはかつてなかった。要するに私も歳をとったということなのだろう。1999年に思いたって、足掛け17年にも及ぶ長い時間、この読書録を書期続けてきた私だが、まことに楽しい経験を積み重ねてきたものだと思う。歳をとることは時に辛く寂しいものではあるが、また一面、滅法面白くこころ踊ることでもある。本との出会いも老いて益々盛んになってくる。嬉しいことだ。私は、ずっと新聞、雑誌の書評欄や友人、知人の勧めなどから読む本を選んできた。このため、どうしても古典がなおざりになり、今流行りのものに手が向きがちになるのは否めない。でも、時に古典の凄さを教え、誘ってくれる本との出会いから、原典に立ち向かう喜びに直面することもある。アントワーヌ・コンパニョン(山上浩嗣・宮下志朗訳)『寝る前5分のモンテーニュ』を読んで、ついにモンテーニュ(宮下志朗訳)『エセー』の深みにはまるに至った▼「エセー」入門という副題を持つこの本は、もとは「モンテーニュと過ごす夏」あるいは「ひと夏のモンテーニュ」といった風な訳がなされるものだが、訳者たちが入門書を強調するべく「寝る前5分に読む本」とした。現にフランスのラジオ番組で今から3年前の夏に毎回5分、40回にわたって放送されたものを出版したという。生真面目な私は枕元に置いて、寝る前に一章ずつつまり5分間分だけ読むようにした。ただし、5分がいつの間にか長いものになってしまったことは言うまでもない。著者は前書きで「モンテーニュのいくつかの断章だけを紹介するというのは、わたしが学んできたすべてに、わたしが学生だったころに当たり前だった考え方に、まっこうから反する行いだ」と言う。ただ、そういうことは結構頻繁に行われており、「とてつもない暴挙」というほどのことではないと思われる。問題は殆どそういう試みが成功していないということである。しかし、この本は見事に成功しており、鮮やかな『エセー』手引書の役割を果たすものとなっている▼一度全体を読んだ後、『エセー』第一巻を購入し、そこに該当する数か所を拾い読みした。で、さらに訳者あとがきで、山上氏が勧める、死、他者との交流、宗教に関わる主題を扱う5つの章に限って再度読み直した。確かにコンパニョンは「引用文を明快に分析」してはいるが、「モンテーニュの思想について断定的な結論」を下すには至っていない。ゆえに、読み手の自由な発想による思索を可能にしてくれる。まず「抜けた歯」の章で、モンテーニュが25歳と35歳のときの二枚の肖像画と今の自分を比較して、若いころの姿が遠ざかって、死に近づいていることを、著者は引用している。で、歯をはじめ自分の体の部分のあれこれの不調に端を発し、やがて「最後の死」がすべてを奪い去るものだと言う。しかし、私はこの記述には物足りなさを感じる。むしろ少年、青年、壮年、そして老年期と幾つもの違う人生を楽しんだすえの結果としての死だという点を銘記すべきではないか、と考える。また、「他者」の章も面白い。「ことばとは、半分は話し手のもの、半分は聞き手のものだ」とのモンテーニュの文章を引用しながら、会話をテニスなど勝負を決するためのものと、友好を表現するものとに分けて、どっちにみなすかで、モンテーニュはその間を揺れているというのだ。確かに「他者とのつきあいが自分との出会いに役立ち、自己を知ることが他者と向き合う手段となる」との指摘は味わい深い。時に、一方的に自己主張をするばかりで、相手の言葉に耳を貸さない自分を思い起こし、恥ずかしい限りだ▼さらに「書物」の章は白眉だと思われる。「書物との交わりは、わたしの人生行路において、いつでも脇に控えていて、どこでも付いてきてくれる。老年にあっても、孤独にあっても、わたしを慰めてくれる」と、モンテーニュは、美しい女性と、心地よい男の友人という二つの交際との比較をしたうえで、三番目の書物との交際を最上のものとして挙げている。いや、美しい女との交際の方が、とか稀ではあっても男の友情の方が、などと無粋なことは言うまい。人生の流れの中でそれぞれが重要かつ得難いものではある。しかし、老年になればなるほど、書物の味がより勝ってくるとの予感は確かにしてくる。尤も、モンテーニュの時代と違って、今や活字文化から電子書籍へ、つまり印刷からITの時代へとの変化をコンパニョンは見逃しているのではないか。私にいわせれば、書物との交わりも捨てがたいが、同時にパソコンとの交わりも重要だ、と。書物を読み、読んだ本の中身を、こうしてパソコンを叩いて表現して他者に見てもらうなどということが、かつて考えられただろうか。まことに良い時代に生まれ合わせたものだと、こころの底から思っている。このように、このモンテーニュ入門書は、あれやこれやと想像の翼を広げてくれ、新たな創造の海へと誘ってくれるのだ。(2015・8・5)

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