西洋的父性の論理へとジャンプする危険ー河合隼雄『中空構造日本の深層』

NHKは「困った会長」問題とは別に、興味深い番組をしばしば作ってくれる。中でも「100分de名著」シリーズは私の好きなものの一つだ。先に放映され、一冊の本にまとめられた『「日本人」とは何者か?』も面白かった。ここでは4人の思想家たちの代表的な著作を4人の学者たちがそれぞれ解説しているが、そのうち、河合隼雄『中空構造日本の深層』を改めて読んでみた。生前の河合氏とは、彼が文化庁長官時代に一度だけだが忘れえぬ交流をした。日本の政治家はユーモアセンスが欠けていると言われるので、その磨き方の教えを乞うたのだ。詳細は以前に書いたので省くが、重要なことをさりげなく言ったり書いたりする人だった。この本でも日本、日本人の特質を僅かな紙数の中でずばり表現していることが印象深い▼要約すれば「日本人の思想や宗教、ひいては社会構造の原型は中空である」というもの。要するに中心は空っぽというのだ。キリスト教的世界が「中心に存在する唯一者の権威や力で統合される構造」であるのと違って、日本では「中心は必ずしも力を持つことを要せず、うまく中心的な位置を占めることによって、全体のバランスを保つのである」という。このあたりの対比については言い尽くされてきた感もあるが、河合氏はここで「中空構造が今は危機に立っている」との重要な指摘をした▼憲法をめぐる保革の対立ーその論争の起因としての江藤淳氏の有名な「1946年憲法の拘束」論を取り上げていて興味をひく。江藤氏は「憲法へのアメリカの介入があり、交戦権不承認の条項を入れ込んだことが日本人を意識的、無意識的に拘束」しているとして、憲法への疑義を提起したのだ。河合氏もこれを全否定はしていない。一たびは評価し共感を表明したうえで、「その結論は急ぎすぎの感を持たざるを得ない」とし、「西洋的父性を日本的中空構造の中心に据えようとする」ことに、強い危惧を表明している。それは日本的母性と対極にあるものだといえばわかりやすいかもしれない▼これらの論争が取りざたされたのは昭和56年。公明党が安保政策で現実路線に大転換をした頃だ。河合氏は江藤氏及びその主張に与する流れに対して「西洋的父性の論理へとジャンプすることではなく、日本人としてのわれわれの全存在をかけた生き方から生み出されてきたものを、明確に把握してゆこう」と「意識化への努力」を提言している。で、それから35年ほどが経っているが、憲法や防衛をめぐる状況に変化はあるだろうか。保革の対立自体は、いわゆる革新の壊滅で変質した。代わって、今我々の目の前に展開している政治選択上の対立は、大枠では「自公」対「民共」という新たなものだ。ここでは「西洋的父性の論理」に公明党は依拠していないということにだけ留意を促したい。憲法を巡って早急にことを運ぼうとする自民党に対して、もっと議論を深め国民的合意を得ようと言い続けている。防衛についても現実的な対応を進める中で、しっかりと歯止めをかけてきているのは公明党だ。今は亡き河合氏に、「もう少し旧革新への批判を強く書いてほしかった。であれば、もっとクリアな論考になりましたよ」と生意気な感想を述べる一方で、「公明党がある限り自民党に無謀なジャンプはさせませんから」と誓いたい。(2016・5・9)

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