Monthly Archives: 6月 2016

50年前と本質的には変わらない政治的風景ー『見損なわれている中道主義の効用』➌

公明党が誕生して50年余り。目標とした理想は達成され。「物語」は完結したといえようか。残念ながら否である。右翼に位置付けられてきた自民党は、相対的により洗練された存在感のある政党であるとはいえ、依然として金権腐敗的体質はぬけきれず、その呪縛にとらわれた政治家は後を絶たない。一方、左翼に位置してきた社会党の系譜を受け継ぐ社民党に昔日の面影はない。また、民主党は一たび政権の座を襲うも、あまりにお粗末極まりない運営で天下に恥をさらけ出してしまった。その結果として、いかに隠そうとも革命政党の本質を持つ共産党が左翼の一方の旗頭たろうとする現在は、大衆にとってただひたすら不幸という他ない▼かつて自民党の幹事長を務めたのちに、同党を飛び出し、打倒自民党の闘いをそれこそあらゆる手段をもってして果たそうとし続けた小沢一郎氏。その彼がまさに刀折れ矢尽きた姿でなお一人共産党とまで組もうとしていることは、流石に贔屓目(ひいきめ)が過ぎるとはいえ、自民党政治の問題点をあらわにしていると見れなくもない▼最近話題になっている元朝日新聞記者で東洋大教授の薬師寺克行氏の『公明党』によると、大衆救済を目的にした公明党だが、当の大衆がかつてのような貧困から脱却し、豊かになったゆえ、そのアイデンティティーを見失い、再構築が迫られているという。しかし、本当にそうだろうか?私はそれは違うと思う。50年経って確かにかつて貧しかった層が豊かになったが、一方で「豊かさの中の貧困」は顕著になり、社会全体を覆う経済的格差の大きさも見過ごすことが出来ないものとなっている▼加えて言えば、元々創価学会の目指した救済対象としての「大衆」とは、経済的側面からのもののみではない。心やからだの健康を含めた全人間的側面を意味するものとしての存在であった。この50年の歳月は、心の病を持つ統合失調症の患者の激増やら引きこもり、登校拒否の子どもたちや若者たちを生み出してしまった。新たな課題の激増に見るように、大衆は一段と厳しい日常的状況に晒されており、救済の手が差し伸べられることをひたすら待っていることに何ら変化はないという他ないのである。(2016・6・30)

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公明党が抱く「物語」を知っているか 『見損なわれている中道主義の効用』➋

公明党が結党されたのは1964年。今の政党の中では共産、自民に次いで三番目に古い。今年で誕生して52年目になる。当初は日米安保条約の段階的解消などを掲げ、立派な「左翼政党」であった。しかし、1981年に党内大論議の末に、自衛隊の存在を容認するなど安保政策を抜本的に転換し、現実的な政策に切り替えた。1980年代は「社公民連立政権」を模索するも、不可能なることを覚知するや、90年代後半には自らを半ば解党。大きな勢力構築へと向かう新進党結成に参加した。1999年には、小渕首相の要請に応じて自民党との連立政権に合意。既に15年余りが経つ▼こうした「左から右へ」との大胆な転換、「反権力から政権中枢へ」といった立ち位置の変遷の目まぐるしさから、その狙いを訝しがる向きは少なくない。だが、その変化には大きな筋が一本通っている。それは、「政治を庶民大衆の手に取り戻す」という目的である。その目的の成就のためには”あの手この手”を使うことは厭わず、”手を変え品を変えて”でも迫る。そういった「物語」に生きてきたのが公明党なのである▼この政党は周知のように、池田大作創価学会名誉会長が創立者である。結党の集いに「大衆とともに戦い、大衆とともに語り、大衆の中に死んでいく」との指標が与えられ、全ての議員が座右の銘としてきた。成立当時の日本の政治は、自民党と社会党の二大巨大政党がイデオロギー対立に明け暮れ、庶民大衆は顧みられることがなかった。だが、あれから半世紀の間に、世界における社会主義は崩壊。それにあい呼応するかのように、日本社会党は姿を消した。そして自民党も一党単独では政権を維持する力を失った。連立政治が常態となり、その一方の担い手が公明党になって久しい▼この事態をどうとらえるべきか。自民党が政権維持のために公明党の力を借り、公明党は権力に寄り添うことで組織防衛をしようとしている、との捉え方が一般的だ。しかし、それはより本質を衝いてはいない。結党時に誓い合ったこの党の揺るがぬ理想的目標は、繰り返すが政治を庶民大衆の手に取り戻すことであり、政治家個人、政党の在り方の根本的改革を果たすということである。つまり、違う角度から言えば、日本の政党、政治家が社会全体から信頼され、尊敬に値するものになればいい。そうなれば、公明党は主たる役目を終え、後裔に退いていいとの捉え方に立つ。権力奪取を最終目標にするのではない。政界を浄化し、公正・公平な価値観をもった複数の政党が政権を相互に交代して担う。そういった姿を実現するために、あたかも触媒の役割を果たすことこそ自らの使命とし、その集団が抱え持つ「物語」として、公明党は思い描いてきたのである。
(2016・6・21)

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あと4年ー25年パラダイム変換説の恐怖 『見損なわれている中道主義の効用』❶

今回から私が理事を務める一般社団法人「安全保障研究会」の安保研リポート11号に寄稿した『見損なわれている中道主義の効用』を6回に分けて転載する。一回目は「あと4年ー25年パラダイム変換説の恐怖」。
 戦後70年を超えた今、もう一つの戦後が改めて意識されだした。それは江戸末期の日本を二分した戊辰戦争を起点とするもので、やがて戦後150年を迎える。この両者は日本の近代が始まるきっかけとなったいくさとその挙句の果てに一国滅亡となった戦いとである。あと4年程で75年の歳月が二つ流れたことになるから、俄然二つの塊を丸ごと比較する試みが現実味を帯びてきたように思われる▼社会学者の大澤真幸氏は、その75年を25年ずつ3分割し、前半75年と後半75年における三つの時代状況が極めて似ており、それぞれが並行して繰り返しているように見えると比較してみせた。その分析によると、明治維新から日清戦争までの25年と、後半におけるポツダム宣言受諾から高度経済成長を経てジャパンアズナンバーワンともてはやされた1970年代頃までの25年が共に、第一期として比べられる。富国強兵を基にした国づくりと経済至上主義による戦後復興とである▼第二期は、1894年の日清戦争から日露戦争を経て第一次世界大戦あたりと、大阪万博からバブル絶頂の1995年まで。前者は大戦景気、後者はバブル景気として特徴づけられる。第三期は、関東大震災を経て太平洋戦争終結までの時期と、1995年の阪神淡路の大震災、オウム真理教事件から今日までとである。戦争前夜から敗北に至るまでの社会状況が、極めて似通っているという。残された時間は4年。今重くのしかかってくる▼この分析が世に問われて既に10年程が経つが、私は最近出版された政治学者・中嶋岳志氏と宗教学者・島薗進氏の対談『愛国と信仰の構造』によって漸く知るに至った。ここでご両人は、この見立てを推奨したうえで、第三期に入ると「社会の基盤のもろさが表立って見え」てきて「国内全体が言いようのない閉塞感に苦しむようになる」と指摘する。そして「同じ失敗を繰り返さないためには、明治に遡って、日本のナショナリズムと宗教の結びつきをとらえ直すことは重要である」と強調している▼「全体主義はよみがえるのか」とのサブタイトルを持つその作業の中で、明治維新以来の歴史において親鸞主義と日蓮主義が果たした役割を克明に追っている。その矛先の鋭さは、あたかも国家神道を免罪するかのごとき様相を示し、奇妙に新鮮でさえある。結論近くで、僅かの紙数ではあるものの、二人が「『居場所なきナショナリズム』を利用する自民党のネオコン勢力」と公明党・創価学会が結びついているとして、警鐘を鳴らしていることは見逃せない。歴史が同じように繰り返すわけでは勿論ない。だが、あらかじめ予定されたかのごとく、ことの推移を占うことは世の認識を誤らせる。聞き捨てならない指弾なので、あまり一般には知られていない公明党のなりたちや理念の具体的展開に触れることで、それが筋違いの杞憂であることを明かしてみたい。(2016・6・12)

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