Monthly Archives: 5月 2018

リアルな歴史の舞台裏ーアーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』上下(坂田精一訳)を読む

150年の時空を乗り越えて、今に当時の雰囲気を伝える素晴らしい本に出会った。読むのが遅すぎるとのご指摘はあろう。食わず嫌いだった。アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新』は新聞書評で読む気に。今年は「明治維新」というテーマに少し腰を落として取り組もうと思っていた矢先だった。何といってもリアルさが際立つ。数多くの日本人の外国見聞記を読んできたが、これはそれらに圧倒的に勝る。時代の変革期そのものに激しく立ち向かう姿が如実だからだ。明治維新の際の生の日本をイギリスの若者がどう見たか。”事実は小説より奇なり”を思わせる事態の連続に最後まで飽きさせない■サトウは(86歳まで生きたが、日本に初めて赴任した時は20歳前)好奇心の塊のような勇気ある青年だった。彼のお蔭で維新前後の現実が見事に蘇ってくる。当時の日本の風物や習慣が生き生きと描かれている様は貴重極まりない。異国人見たさで集まってくる庶民の息遣いがまるで手に取るように分かるし、幕府の役人がいかにその扱いに苦慮したかも見事に伝わって来る。また、討幕派の連中との虚々実々のやりとりも面白い。出版時(大正に入ってから)に、手が相当加えられている(20代の心情そのものではないはず)とは思うものの、”栴檀は双葉より芳し”で並みの感性の持ち主ではないことには驚くばかり。先の大戦の末期まで、この本は25年もの長い間禁書扱いだったことは冒頭の「訳者の言葉」で知った。坂田氏は「権威をはばからぬ外国人の自由な観察によって明治維新の機微な消息が国民の目にさらされるのを(中略)当時の為政者たちが好まなかったからだろう」と述べているが、確かにそういうことかと良く分かる気がする■当時の殺傷事件の描き方ひとつとっても違う。かつて「桜田門外の変」について取り上げた吉村昭の同名の小説でその凄惨さを知ったが、この記録ではもっと刀の持つ鋭利さが伝わって来る。改めて剣で切られたらさぞ痛いだろうという当然のことに考えが及んだ。同じ殺されるなら拳銃の方が未だしもと、妙な気分にとらわれた。また、庶民生活の在り様はこの本のいたるところで存分に味わえる。とくに時間の流れの中で具体的に描かれるので興味深さが一段と増す。サトウは上巻冒頭近くで、通訳生としての最初に赴任した北京について、「北京の生活には去りがたいものがあった。-(中略)ーそれらは、決して私の脳裏から消え去ることがないだろう」と回顧している。ここのくだりを渡辺京二は名著『逝きし世の面影』において、「中国びいき」外国人の実例として挙げている。だが、これはサトウの外国生活一般への関心の高さであって、日中の比較をすることに意味はないものと思われるがどうだろうか■これまで幕末の日本に進出してきた外国については、薩長と関係の深かったイギリスと、江戸幕府と親交のあったフランスというようにステロタイプ的に二分化して見る傾向があった。しかし現実には二重三重にイギリスの影響が強いなかで、維新が成就したことが分かってくる。維新から40年程で日本は「文明開化と富国強兵」の旗印のもと、科学技術文明と資本主義経済の結託のあかしを打ち立て、日清、日露の両戦役に勝利を勝ち取るまでに強国化する。その闘いを始めるスタート台としての「明治維新」の舞台裏をこの本を通じてリアルにみることが出来るのだが、まことに面白い。ここでの動きを知らずして単に表面だけを追っていては、日本近代150年の幕開けとしての維新史の真実は解らないことを痛切に実感した。(2018・5・19)

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未完成な革命者ゆえの魅力ー萩原稔『北一輝の「革命」と「アジア」』を読む

北一輝という人物には不思議な趣きがある。社会主義者から右翼、国家主義者へ。その途上で法華経信者になり、中国革命にも暗躍したとあっては一筋縄ではとても捉えられない人物である。親しかった同世代の歴史学者・松本健一さんが北一輝研究の第一人者ということもあり、私にとって気になり続けてきた存在だ。といっても、その著作『評伝 北一輝』(全五
巻)などまともには読みもしていない。いささか旧聞に属するが、NHK総合テレビで、その松本健一氏が登場した企画番組『日本人は何を考えてきたか』シリーズの第10回「昭和維新の指導者たち」を観る機会があった。「大川周明と北一輝」の二人を並行して紹介したものだった。その際に司会進行役の田原総一朗氏のインタビューに答えていた幾人かの専門家のひとりに萩原稔氏がいた。この人、今は大東文化大の准教授で日本思想史研究を続ける少壮の学者である。代表作は『北一輝の「革命」と「アジア」』。実はかれは私の高校時代からの親しい友・萩原廣氏のご長男である。かねて「息子が同志社で北一輝を研究しているのだ」と聞いてはいたが、会ったこともなくその著作も知らなかった■息子がいない私にとって、友人の子ではあれども可愛いく眩しい存在である。ましてや「日本思想史」という興味深い分野で、頑張ってると聞けば会いたくもなる。親父さんを通じてかねて面談の機会を覗っていた。先般上京の折りに溜池山王で会うことが叶った。自在無碍な喋り口調にお互いが乗ってあっという間に時は過ぎさった。生前の松本健一氏に会わせたかったとの思いが一層募った。別に私が介在せずとも同一分野を学ぶ後輩とあれば、彼としても喜んであってくれたはずだろうが。思えば、松本健一氏には、あの朝鮮半島問題の碩学・古田博司氏(筑波大教授)の願いを聞き届け、仲介したことがある。幾つになってもお節介焼きというか世話好き根性が抜けきらない自分がおかしくもある■北一輝については先行の研究者たちの著作が数多ある。だが、北一輝と「アジア」との関わりに関する研究のほとんどは、辛亥革命の勃発(1911年)から「改造法案」執筆(1919年)までに集中。萩原氏は「それ以外の時期にはあまり目配りがなされていない」し、中身的には「北の対外論、とりわけ中国をはじめとする『アジア』論については」「いまだに不十分な点があるといえる」としている。つまり萩原氏自身の著作の独自性は、「北の『一国革命』と『世界革命』の連関性を分析すると同時に、彼の『革命』論における『アジア』の位置づけを明確にした」ことにある。その意気や壮であり、果敢なる挑戦ということには大いに敬意を表したい。北一輝の全貌をとらえるには最適の書だと薦めたい。ただ、萩原氏の筆の運び方において全体に目配りしすぎ故の、回りくどい表現が散見され、私にとっては分かり辛さが若干あったことは指摘せざるをえない。しかし、それは北一輝という思想家の未完成さにも大いに関連しているように思われる■確かに、明治維新から40年程が経った頃の日本は庶民大衆の生活の上における貧しさが特段に目立った。その状況下では文字通り「新たな革命」が必要とされた。理想実現のためには思想における左翼も右翼もない。西洋に端を発するものだけに依拠することも躊躇された。北が東洋思想の源泉・仏教の深奥に位置する法華経に目を向けたことは大いなる慧眼だったと確信する。しかし、私の見るところ何れについても生煮えの印象が強い。50年の歳月を法華経に打ち込んできた身からすると、北の法華経への傾倒は共鳴する部分が確かにある。壮大な社会変革への思いを惹起させる日蓮の名文を読み、奮い立たぬものはいないであろう。ただ、その前提としての「人間変革」、「人間革命」に思いを致さぬ場合は結局、日蓮を誤って捉えてしまうことになる。「日蓮を敬うとも悪しく敬わば国滅ぶべし」との金言こそ北のケースに的中するといえよう。北の生きた時代にあって、懸命に第二の維新を求めた心意気は尊いものの、結果としてすべての巡りあわせが不都合に終わった。彼の果たそうとした役割は、第一の維新時の吉田松陰だったか、西郷隆盛だったか。ともあれ敗北者ではある。「敗北ゆえに、北は近代日本の思想家のなかでも大きな魅力を持つ人物のひとりとなっている」との萩原氏の指摘はとりわけ印象深い。(2018・5・14=修正版)

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神は来ないーベケット戯曲全集❶『ゴドーを待ちながら』(岡室美奈子訳)を読む

アイルランド出身の劇作家で小説家ーサミュエル・ベケットの戯曲全集が新たな装いで出版された。その第一巻『ゴドーを待ちながら』が訳者の岡室美奈子さんから届いた。岡室さんとは以前にも書いたように旧知の間柄である。ダブリンの日本大使館で当時の林景一アイルランド大使(現・最高裁判事)からご紹介を受けて以来、東京都内で、また早稲田大学構内で幾たびもご一緒させていただいたことがある。ベケット研究の第一人者であると共に、演劇やテレビドラマについても造詣が深い。坪内逍遥博士記念演劇博物館の館長という肩書からは想像できないほど優しくチャーミングな女性だ■本当は一度でも舞台で演劇を観てからにしようかとは思ったものの、取りあえず戯曲をざっと読んで書いている。想像通りというべきか。まったくといっていいほどわけがわからない。いわゆる筋書きが明確な代物ではない。要するにただひたすらゴドーが来るのを待っているだけの演劇で、結局は来ない。いや、来るかもしれないところで舞台は終わっている。なにしおう不条理劇の最高傑作というのだから、怖いもの見たさならぬ「難しいもの読みたさ」でページを繰った■いきなり「何やってもダメ」という男のセリフから始まる。相棒の「生まれてからずーっと、そうならないように頑張ってきたんですけど」の言い回しへと続く。退屈で同じことの繰り返しの人生の実相が描かれ、そのありきたりの日常の中で「ゴドー」なる存在の登場をひたすら待ち続ける。最後は「明日、首を吊ろう。(間)ゴドーが来なかったらね」「もし来たら?」「俺たちは救われる」で終わる。(舞台でのしぐさに伴うセリフは少し続くものの意味あるやりとりはここまで、だ)ということから「ゴドー」はゴッド=神さまを意味するものとして捉えられてきている。すなわち、平凡な人生を過ごしながら、ひたすら神の登場を待ち続ける人間の営みの実態を描いたとされる劇だというのが一般的な受け止め方だろう。私も今はそういう解釈しかできない■人間の住む世界はそれぞれの解釈によって全く違った色彩を帯びる。この世は「A」だという位置づけから始まって、「Z」に至るまでありとあらゆる意味づけに及ぶ。ベケット描くところのこの演劇は、キリスト教が覆う世界の見方における一つの典型と言える人の世の解釈づけではないか。私などは人生の曙期にあって、実存主義の哲学を齧って西欧哲学+キリスト教の世界を垣間見た。待ち続けても神など来ないものだと最初から覚知して、我が人生劇のスタートを切ったものだ。神の代わりに、自身の命の中にある仏性を顕在化させ、縦横無尽に人生を楽しみながら、多くの同志と共に集うとの「物語」に生きると決めた。云い方を変えれば、「神」的なる存在はどこかからやって来るものではなく、自らのいのちの最高の状態を意味するもの、だと。いま50年有余の歳月を経て、「待った甲斐があった」といえる人生を実感していることは無上の幸せという他ない。                            (2018・5・5)

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