Monthly Archives: 1月 2019

胸打つ国づくりへの貢献ー黄文雄『世界を変えた日本と台湾の絆』を読む

台北空港に降り立ち、思わず震えた。1月下旬とはいえ、沖縄よりも南に位置するので春の訪れを感じさせるはずとの期待は裏切られた。姫路からリムジンバスで揺られること2時間。関空からの機中と合わせ5時間余り。今回の海外旅の伴に選んだのは黄文雄『世界を変えた日本と台湾の絆』。日台関係の歴史を予め掴んでおこうとの安易な気分からだった。新書版で軽いノリの本と思いきや、知ってるつもりの情報より深いものがズッシリと詰まった重い本であった。絆作りにかけた先達たちの熱い思いに私の心は満たされた▼21世紀に入る直前に、『アジア・オープンフォーラム』の一員だった私は、台北、台中、高雄と主だった都市を訪れた。それは、学問上の恩師・中嶋嶺雄先生がご自身の「中国研究」の集大成として精魂傾けられた事業を垣間見る機会であった。李登輝総統と台北の総統府で接見したり、高雄の懇親会で謦咳に接した懐かしい場面が遠い彼方から蘇ってくる。日本と台湾の双方で毎年交互に開催場所を変えながら、北東アジアの国際政治を両国の政治家、知識人たちが議論するものだったが、その場に連なりえたことは大いなる名誉だった▼台湾と日本人というと、すぐ思い起こすのは、後藤新平、八田與一の二人。片や台湾統治の基盤を築いた政治家。後者はダムの設計、灌漑の基礎を作り上げた技術者。だが、この本にはそれ以外の人物がこれでもか、これでも足らぬか、と続々と登場する。農業、医療、教育、道路、港湾建設など、国づくりに必要なあらゆる分野での多士済々の人材が投入されたことが分かる。台湾になぜかくも多くの日本人が打ち込んだのか。それぞれのドラマを知りたい気持ちになってくる。一方、この本の冒頭に掲げられているNHK「朝ドラ」で今放映中の「まんぷく」のモデル・安藤万福のように日本に貢献した台湾人も数多い。相互の信頼を培う何かが両国にはある。これは朝鮮半島とも大陸・中国ともまったく違う▼こうした関係を念頭に、訪台の行程で懇談した沼田大使(日本台湾交流事務所長)に、初代総督の樺山資紀から、二代桂太郎、三代乃木希典、四代児玉源太郎ら錚々たる人物名をあげたところ、「皆早く帰りたいと思っていた連中ばかり」、と吐き出すように言われたのには驚いた。なるほど、そういうものかと、歴史の裏面に思いを致した。と同時に、今の日本人が台湾を低く見る傾向があると、警鐘を打たれていたのは気になった。また、総統府での語らいでも政府高官が日本政府における中国への慮りに対する不満が表明されたのが印象に残る。(2019-1-31)

 

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米中全面対決で中国は割拠へー藤井厳喜・古田博司『韓国・北朝鮮の悲劇』を読む

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病院か在宅かの二つの神話ー小堀鷗一郎『死を生きた人びと』を読む

作家・森鷗外の孫である小堀鷗一郎さん(81歳)は、40年間大学病院・国立医療機関に勤務し、外科医として主に食道がん患者の「救命・治癒・延命」に取り組んできた。65歳で定年退職し、埼玉県新座市の堀ノ内病院に赴任。3年近く経って偶々同僚から引き継ぐかたちで、往診に携わった。それがきっかけで以後15年近く「在宅医療」の世界に。この本『死を生きた人びと』は小堀さんが診てきた355人の患者の死の記録である。42の事例と様々な引用文を使って、基本的には「事実の断片をコラージュしていくという方法」で、自分の体験をまとめた(昨年刊行)▼42の「日々の切れはしからなる生きた物語」は、私たちが普段は頭の外に追いやってる「死」をリアルに身近にさせてくれる。厳然たる事実が研ぎ澄まされた文章で淡々と披瀝される。流転する「生老病死」の、それぞれの段階によって、受け止め方に差異はあろうが、「望ましい死」とは何かを考えさせられる。「自分は死なない」と思っている現代人を、正気にさせる格好の「指南書」だ▼「家か病院か」ー死を迎える場所は大いなる選択である。かつては自宅で最期を迎える人が殆ど。それが1975年頃を境に逆転した。今では病院・診療所での「ご臨終」がほぼ全て。その背景には、三側面が。迫り来る死を認識しない患者や家族。「死は敗北」とばかりにひたすら延命に立ち向かう医者、病院。老いを「予防」しようとする行政と社会。1992年いらい在宅医療の流れが起きた。ほぼ10年前から転換策が次々講じられてきた。だが、未だハード面のみ。病院神話と在宅神話の双方の実態を冷静に説き、著者は「患者と家族にとって望ましいかどうかの総合判断」と結論づける▼「ピンピンころり」の理想に向けて人は生きる。だが、現実は「ねんねんコロリ」の落し穴が至る所に。自分の決着をどうするか。妻や親をどう看取るか。若き日ーウイスキーをひと瓶開けたのちの、奈落の底に陥る我が身のあの感覚。あの恍惚感。そこからの脱却を図るべく駆け抜けた50年。今日もこれでいいか、と端座して考える日が続く。(2019-1-16)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自覚したものが立ち上がれー江崎禎英『社会は変えられる』を読む

前回、森嶋通夫さんの約20年前の本を通じて、いかにその後の日本が没落過程に入ってるかを改めて知った。見事な分析とその的中ぶりには恐れ入るしかなかった。戦後生まれの最先端を走って来た私としては、団塊の世代及び、その前に位置する人間の責任を痛感せざるを得ない。戦前世代の労苦とその所産を引き継ぎ損なって、「アリとキリギリス」の喩えに見るような体たらくを現出させた罪は大きい。この点に関し、昨年末に、首都圏に住む私の甥っ子たちとの懇親会の場でも大いに感じさせられることがあった▼40代半ばの薬科大学准教授と30代後半のIT関連起業者の二人は口を揃えて、今の日本には愛想を尽かす他ないという。彼らの世代にとって明日に抱く希望が感じられず、誇りを持てず、どこか異国の地に行きたいとさえ口にして憚らない。その際に話題になった本が『社会は変えられる』であった。この著者は経産省の役人。「か」の疑問符つきでなく、「る」と言い切ってるところがこぎみいい。日本の社会保障の明日なき厳しい実態に触れたあと、処方箋とご自身の現実の闘いぶりを描いていて味わい深い▼著者は、経産省から岐阜県庁に出向した時代に二つの大きな仕事に携わった。一つは、外国人労働者問題。もう一つは、福島原発事故の被災者対応問題。前者は、同県に住む日系ブラジル人たちがリーマンショック時の生活苦から、帰国を希望する者が続出したことから起きたそれへの支援を巡っての戦いである。ドラマチックな展開は手に汗握る。後者は、被災者支援を手探りで行った際の体験である。 受け入れ住宅施設に浴槽がないことがわかって、急遽長良川温泉への受け入れを実現するまでの苦闘。その努力に心打たれる▼そして再生医療をめぐる法制度の改革についての地道で粘り強い努力にも頭が下がる。尤も、途中経過における厚労省と経産省の対立を巡っては、悪玉、善玉風の描き方が少々ステロタイプに映るが。だが、結果として、この分野では世界最先端の法制度を持つ国との評価を得ているとあっては、細かいこととして目をつぶろう。著者は結論として、「日本が世界が憧れる素晴らしい国として、次の世代に引き継ぐための取り組みを今から始めましょう」と訴えている。高級官僚をめぐるマイナスの話題が多い中で爽やかな印象を受けるいい本である。平坦な道ではないが、その必要を自覚した者から立ち上がる他ない。(2019-1-10)

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リアルなき無惨な救済策ー森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』を読む

今年から読書録は短くしたい。これまで2000字ほどだったが、長すぎて読めないとの不評もあり、グッと縮める。新年のトップは森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』を。この本は21世紀を迎える直前に書かれた。2050年に照準を合わせて、ズバリ没落すると予言している。とっくに読んだ人も多かろうが、20年経って予言の正否を振り返るのも面白い▼没落の理由は、精神、金融、産業、教育の荒廃にあるとしており、いちいちごもっともと思わせる。とりわけ手厳しいのは政治家に対して。これは全く正鵠を射ており、ぐうの音も出ない。ただ、この本の鋭いところは、ここまで(荒廃の因をたどる作業は得難い)。残念ながら、ではどうするかという処方箋と、その見立てが全くいい加減と言わざるを得ないほどの出来具合だ▼ただ一つの救済策として、「東北アジア共同体」案をあげているものの、その理由の一つとして「日本人はもっと中国の江沢民主席や韓国の金大中大統領を信頼すべきだ」としているくだりには呆れ果てる。 「江沢民の13年」と言われる反日教育の元祖や、今の文在寅大統領の容北政策の範たる人を、持ち上げているようでは。この構想はかの鳩山由紀夫元首相も掲げていたことを見ても、そのリアルのなさがわかろう。理想と現実の違いがかくほども分かっていない人は珍しい。それにしても、この森嶋さんという人は、英国一辺倒で、その推奨の度合いたるや、これまた呆れるほどだ▼今年頂いた賀状で、大前研一さんが、ご自身、平成のはじめに「平成維新」運動を起こしたもののなすことなく失敗の憂き目を見たことを反省しておられた。だが、その一方で、日本は数百年はズルズル落ちると指摘したことは当たったと誇っておられた。森嶋さんも今健在なら、没落するっていった通りだろうといわれるかも知れぬが、「ただ一つの救済策」とされたものは見るも無惨な結果である。大前さんの「平成維新塾」と森嶋さんの「東北アジア共同体」構想。かくほどまでに日本立て直しは難業であるいう他ない。(2019-1-4)

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