台北空港に降り立ち、思わず震えた。1月下旬とはいえ、沖縄よりも南に位置するので春の訪れを感じさせるはずとの期待は裏切られた。姫路からリムジンバスで揺られること2時間。関空からの機中と合わせ5時間余り。今回の海外旅の伴に選んだのは黄文雄『世界を変えた日本と台湾の絆』。日台関係の歴史を予め掴んでおこうとの安易な気分からだった。新書版で軽いノリの本と思いきや、知ってるつもりの情報より深いものがズッシリと詰まった重い本であった。絆作りにかけた先達たちの熱い思いに私の心は満たされた▼21世紀に入る直前に、『アジア・オープンフォーラム』の一員だった私は、台北、台中、高雄と主だった都市を訪れた。それは、学問上の恩師・中嶋嶺雄先生がご自身の「中国研究」の集大成として精魂傾けられた事業を垣間見る機会であった。李登輝総統と台北の総統府で接見したり、高雄の懇親会で謦咳に接した懐かしい場面が遠い彼方から蘇ってくる。日本と台湾の双方で毎年交互に開催場所を変えながら、北東アジアの国際政治を両国の政治家、知識人たちが議論するものだったが、その場に連なりえたことは大いなる名誉だった▼台湾と日本人というと、すぐ思い起こすのは、後藤新平、八田與一の二人。片や台湾統治の基盤を築いた政治家。後者はダムの設計、灌漑の基礎を作り上げた技術者。だが、この本にはそれ以外の人物がこれでもか、これでも足らぬか、と続々と登場する。農業、医療、教育、道路、港湾建設など、国づくりに必要なあらゆる分野での多士済々の人材が投入されたことが分かる。台湾になぜかくも多くの日本人が打ち込んだのか。それぞれのドラマを知りたい気持ちになってくる。一方、この本の冒頭に掲げられているNHK「朝ドラ」で今放映中の「まんぷく」のモデル・安藤万福のように日本に貢献した台湾人も数多い。相互の信頼を培う何かが両国にはある。これは朝鮮半島とも大陸・中国ともまったく違う▼こうした関係を念頭に、訪台の行程で懇談した沼田大使(日本台湾交流事務所長)に、初代総督の樺山資紀から、二代桂太郎、三代乃木希典、四代児玉源太郎ら錚々たる人物名をあげたところ、「皆早く帰りたいと思っていた連中ばかり」、と吐き出すように言われたのには驚いた。なるほど、そういうものかと、歴史の裏面に思いを致した。と同時に、今の日本人が台湾を低く見る傾向があると、警鐘を打たれていたのは気になった。また、総統府での語らいでも政府高官が日本政府における中国への慮りに対する不満が表明されたのが印象に残る。(2019-1-31)