Monthly Archives: 3月 2019

深くて面白い台湾風ー呉佩珍・白水紀子・山口守編訳『我的日本』を読む

「台湾人の観光」に興味を持つに至ったのは、この冬に台湾に行く機会があり、その際に駐台北の沼田幹夫・日本台湾交流事務所代表(台湾大使)の話を聞いてからのことである。同大使は、私がインバウンドに取り組んでいると知って、こう訊いてきた。「貴方は外国人の旅行者に対する日本人バスガイドの能力がどのくらいか知ってますか?」と。私があまり知らないと答えたことについて、それではいけないと窘められたうえで、「自分は台湾の富裕層たちの日本旅行グループに随行したが、彼らは自前のバスガイドを台湾から連れて行ったのです。それは日本のバスガイドが極めていい加減だからです。一方、台湾人バスガイドはもうほんとうに日本の観光地について驚くほど詳しかった」と。この時から、台湾人に、尋常ただならざる日本通が多いことを意識した▼そうした折に、『冬将軍が来た夏』で有名な甘耀明氏や、『自転車泥棒』の呉明益氏ら台湾の作家たちの「日本旅行記」が刊行されたと新聞紙上で知って、読む気になった。18人の作家たちの競演は、なかなか興味深い中身で、大いに感じ入るところがあった。人気はやはり京都で、真正面からこの地に行ったことを取り上げ、タイトルにまでしているものが3本もあった。それ以外は、東北、東京、北陸、九州などを舞台に、日本史、日台関係史、宗教、言語、文化交流といったように、さまざまなテーマに触れられている。インバウンドを数的角度からしか見てこなかったことを、台湾作家たちの眼差しの深さを知るに至って、大いに反省した▼私が一番興味を持って読んだのは黄麗群の『いつかあなたが金沢に行くとき』。日本では「小京都」との形容で、何かと比較される金沢だが、この人は見事なタッチでこの地の独自の美しさと文化性を高らかに謳っている。いつも私は京都と金沢を比べて、前者は文化を売り物にしているが、後者は文化そのものの中に町がある、との説を述べることにしている。山崎正和さんと、丸谷才一さんの対談『日本の町』からの受け売りである。黄さんは微に入り細にわたって金沢の美しさを語っているが、「よりによって外は濃艶だが、中身は淡くのんびりしていて、円熟した大人の仙女の姿の裏に『無心無意』が隠されているようなところがある」との表現をこれからは付け加えることにしようか▼読み進めてきて最後に行き着いたのが舒國治『門外漢の見た京都』。これはもう凄い。20頁にも渡って京都礼賛が延々と続く。「私が京都へ行くのは〜のためだ」とのフレーズが、文中に10箇所ほど出てくる。曰く「他の地で消え失せて久しい唐代、宋代の情緒に浸るため」「竹籬茅舎のため」「田舎の棚田のため」「小さな橋や流れる川のため」「大きな橋と流れる水のため」に行くのだ、とのオーソドックスなものから「酸素のため」「眠るため」「芝居の中に入り込むため」「見るため」などと言った〝あばたもえくぼ的〟なものまで。ともかく見るもの、聞くもの京都は素晴らしいと来るのだから、いささか辟易しかけた。丁度そこへ、拝観料をめぐって「金を払う価値のない所は確かにある」との記述が出てきて、襟を正すことに。ともあれ、これほど詳しい「京都入門」は読んだことがないと錯覚する。ご本人はそれでも飽き足らないとみえ、文末に「(京都の魅力ある場所を)一冊の本にまとめ、そうした眺望と、一瞥と、大まかな観察を通じた京都を専門的に詳しく語りたい」と結ぶ。「京都」を知ってるようで知らない関西人として、恥ずかしさと羨ましさの入り混じった妙な気分にさせられた。(2019-3-31)

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古いものにこだわり続けた結果ー野口悠紀雄『平成はなぜ失敗したのか』を読む

先日、BS朝日の日曜夕刻の人気番組『クロスファイア』を見ていると、評論家の田原総一朗氏が早稲田大ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏らと出演。野口さんの『平成はなぜ失敗したのか』を推奨していた。経済の観点から、平成を振り返ったもので、「失われた30年の分析」というサブタイトルに惹かれて読んでみた。失われた10年が20年になり、そして30年になったという見立てに残念ながら共感するだけに、それを最初から順次追うよりも、ではどうすればいいのかという最終章「日本が将来に向かってなすべきこと」から読んでみた。一読、いささか落胆せざるを得なかった▼今後の日本経済の抱える問題として❶労働力不足への対処❷人口高齢化による社会保障支出増大への対処❸中国の成長などの世界経済の構造変化への対処❹AI(人工知能)などの新しい技術への対処ーという4点を挙げた上で、既得権の打破が重要な課題だとしている。これって、いかにも誰でも指摘する平凡な処方箋に見えるのではないか。だが、ちょっと待て。早飲み込みで思い込みの激しい私らしい勝手な解釈は思い止まろう、と考え直して、最初から読み始めた。いやはや、実に面白い。というか、この本、野口さんの個人的回顧録風、平成経済分析になっていて、ステーキのコース料理に、最初だけでなくその都度野菜が付け合わせになってるように中々食べやすいのである▼平成が失敗した最大の理由は、世界の国々が次々と経済構造を変える試みをしているのに、日本はいつまで経っても、ものつくり、即ち、製造業に依拠することにこだわり続けたことにあるとする。リーマンショック前の数年間の日本企業の業績回復を「長い不況からの回復」「新しい成長の始まり」「これからは日本の時代だ」と捉えたものが一気に崩れた。「アメリカの住宅価格バブルの崩壊によって、日本の製造業が壊滅的な影響を受けた」ことへの認識が極めて弱かったとの指摘は重い。要するに、日本人の多くが「輸出立国モデルが崩壊した」ことに無頓着で、結局は「日本経済の実体は古いままだった」ことでよしとしてきたというのである▼ショックは他にも数多ある。例えば、アメリカでの日本人の留学生が少ないとの指摘だ。中国、韓国からの留学生がぐんぐん増える一方、日本人の留学生は減る一方、統計データの仕分けでは日本は今や「その他」に分類されているという。また、古いビジネスモデルに固執し続けた日本の企業実態についても。世界で「水平分業型」工場への移行が進んでいる頃に、「垂直統合型」のそれにこだわり続けた、と。具体的例として、パナソニック大赤字の原因として姫路の新工場が挙げられているのは、我が地元だけに身につまされる。また、たまたま、地域おこしの実体験で25日から二日間徳島行きでご一緒した、神戸山手大学のY講師の弁が気にかかる。ヴェトナム人留学生と日本人学生を比較すると、圧倒的に前者が元気で全てに意欲的。日本人大学生は皆大人しくて内気だという。数だけでなく質的側面でも日本人の劣化が際立つ、と。こう見ると、やはり、将来展望は暗くならざるを得ない。さてどうするか。(2019-3-27)

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この30年の移ろいの真の切なさー芹川洋一『平成政権史』を読む

「細川護熙から、麻生太郎に至るまで、日本の総理の名前を順番に言えますか?またそこに一つの特徴があるのをご存知?」ー民主党政権が誕生した頃のこと。ソ連からロシアへの100年の変遷の中で、10人の指導者が変わったが、その人たちの順番に法則がある(ハゲ・フサフサが交互に登場)というギャグを聞いて、思いついた。日本の場合はわずかな期間に10人も立て続けに変わっており、しかもそこにもあるひとつの特徴を見出せるからである。お分りだろうか。それはさておき、日本経済新聞論説フェローの芹川洋一さんが『平成政権史』を書かれたと知って、飛びついた。平成の30年が終わろうとする今、うってつけの本であり、近く私風の『回顧録』をまとめる際に、参考にしたいからだ。加えて、彼が中心になってまとめた日経の『憲法改革』なる本の、目の付けどころを高く買っていたからである▼この本は、竹下登政権から説き起こし、今の安倍晋三政権に至るまでの30年17人の政権について、それぞれどんな政権だったかを、10編に分けて追っている。ご本人があとがきで書いているように「独断と偏見のそしりをおそれずに、政権の特色を簡潔にまとめ、平成の政治を大づかみにすることをめざし」ており「日本の政治の30年が縦と横から見えてくるのではないか」と自負しておられる。もちろん、大筋でそれは間違っていない。昭和44年、佐藤政権の頃から公明新聞の政治部記者として曲がりなりにも18年、昭和末期の頃の衆議院秘書を経て、平成元年に衆議院議員候補なって苦節5年の末に当選し、20年間政治家を続け、引退後5年余の今に至るまで、ずっと日本の政治を見続けてきたものとしても、役立つ視点は少なからず見出せる。そして、この間、小沢一郎という政治家に翻弄され続けたという底流に流れるものもよくわかる▼だが、それを認めた上で、この30年史は、脇役を欠いた映画のように、物足りなさが残ることを指摘せざるをえない。「芹川さん、これはちょっと」と。なぜか。公明党に向き合った記述が殆ど出てこないのである。そのうちきっとと思い、最後まで読み続けたが、見事に期待は裏切られた。小渕政権のところで、辛うじて「今日につづく自公連立の起点がここにあることは第1に指摘しておかなけてばならない」とあるだけ。しかも、本文最後に「30年たって政党の体制がもとに戻ってしまった」として、めまぐるしく政権の組み合わせは変わってきたが、結局、全く同じだというのである。以前の、自民・社会・公明・民社・共産の5党から、今の、自民・公明・立憲民主・国民民主・共産の5党へと、「かりに立憲民主党を社会党に、国民民主党を民社党と想定すれば、全く同じである。30年たってひと回りということ」だ、と▼確かに表面的にはそう見られる側面は否定しない。しかし、「全く同じ」とは。公明党は30年前には野党だった。今は与党である。いくらその存在が軽くとも、それを押さえずに、この30年の政治を概説したと言えるのだろうか。これでは孫や子に残す平成政治の歴史としても不正確と言われよう。安倍長期政権の理由として10の項目をあげているが、その中の四番目に「保守派の政権ながら、政策が左側、中道リベラルの側を向いている点こそ政権延命の肝である」とある。ここに、公明党との連立政権の特徴の表れを見ずして何を見るのか。続けて「野党的な考え方を先取りして、無党派層を取り込むねらいがみてとれる」と、その「現実主義者」としての側面を指摘していることを見ると、公明党を意図的に外したとさえ思えてしまう。「独断と偏見」だから、そんなに目くじらたてないで、と言われるのかもしれないが、それでは余りに切ない。(2019-3-18)

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混沌とする国際情勢の見極め方ー佐藤優 宮家邦彦 『世界史の大逆転』を読む

「奇しくもほぼ同時期に外務省を離れた二人が、過去数十年の経験を踏まえ、それぞれ思い思いの視点から、激動する国際情勢の方向性を見極めようとする新たな知的試行錯誤の結果である」(宮家邦彦)「現在の国際情勢は、きわめて混沌としている。こういうときに役に立つのが、地政学と思想史だ。(中略)地政学においては大陸国家と海洋国家という二つの基本類型が存在する。大陸国家は領域的拡張を、海洋国家はネットワークの形成を重視する」(佐藤優)ー国際情勢のルールが変わったとのサブタイトルがついた、佐藤優氏と宮家邦彦氏の対談本『世界史の大逆転』から、各章ごとに注目される発言をピックアップしてみた▼⚫︎「米朝首脳会談後の東アジア」(第1章)ー仮に、朝鮮半島が統一か軍事境界線が取り払われると、韓国が大陸国家性を強めることになり、中国、ロシアの影響下に置かれると日本にとって脅威である。日本は防衛線を対馬に引かねばならず、その安全保障政策は根本的に変わってくる(両者)。⚫︎「国際情勢は『感情』で動く」(第2章)ー北方領土問題の「現実的な落としどころとしては、近々に日ロ平和条約を締結し、歯舞島と色丹島の主権は日本に、一方、国後島と択捉島の主権はロシアに帰属させる。さらにこの平和条約に、『歯舞群島と色丹島の引き渡しに関する協定は、協議を継続したうえで策定する』と定めるのでは(ないか)」(佐藤)▼⚫︎「核抑止から核拡散の時代へ(第3章)ー核をめぐっては、最重要なことは、思考停止せずに、あらゆる可能性を想定して、「ではどうするか」をタブーなしに議論すること」(宮家)である。「日本は非核化政策を貫くべきではあるが、核兵器をつくる原子物理学的な能力はもっていたほうがよい」し、「『つくる能力はあるが意思はない』と国際社会に示すことが重要」(佐藤)。⚫︎「混沌する中東と『脱石油』の衝撃」(第4章)ー「(自分がエネルギーの危機管理担当だったら)原子力、LNG(液化天然ガス)、石炭、石油、それに再生可能エネルギーを組み合わせたベストミックスをめざす。それが最適解だ」。エネルギー産業やエコノミスト、学者、軍事専門家らみんなが知見を出し合い、最善策を議論する必要がある」し、加えて、「経済にも安全保障にも精通した人材の育成も急務」だし、「いまからでも和製エネルギーメジャーの創設めざすべき」である。(宮家)▼⚫︎「AIが世界の『常識』を覆す」(第5章)ー「AI兵器の誕生は、従来の『核抑止論』を根本的に変える可能性がある」ので、「本来なら日本もAI技術の軍事応用を進めるべきなのだが、今の日本にはAIを軍事に応用するという発想そのものがない」(佐藤)。「せめてカウンターAIの研究くらいは今からでも遅くないから、予算をつけて始めるべきだ」(宮家)。⚫︎「民主主義はもう限界なのか」(第6章)ー「私はいまの世界を『新・帝国主義』の時代であると分析して」おり、これは「昔の帝国主義のように植民地を獲得するのではなく、外部からの搾取と収奪によって生き残りを図る」という意味で、「グローバル化の進展」と「国家機能の強化」という二つの異なったベクトルの引っ張り合いが繰り広げられる」(佐藤)ことになる。以上ほんのさわりだけ挙げてみた。随所にお二人の鋭い分析がみられる極めて刺激に満ちた面白い本である。(2019-3-11)

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奥深く幅広い「旅」ードナルド・キーン『日本文学史』を読む

作家のドナルド・キーンさんが亡くなったと聞いて、三つのことを思い出した。一つは、塩川正十郎さん(故人=元財務相)から、キーンさんの『明治天皇』上下2巻を勧められた上、実際に頂き、苦労して読んだこと。二つ目は新幹線車中で近くに極めて似た人が座っていながら、声をかけずに済ませてしまったこと。三つ目は、『日本文学史』全18巻を読み終えているのに、『忙中本あり』に取り上げていないことである。正確に言うと、半分の9巻まで読んだ時に、書いている。2014-10-29に、「ドナルド・キーンの案内で辿る日本文学の旅」のタイトルで。ということで、残りの9冊についても触れて、決着をつけることで、自分なりの追悼の意の表明としたい▼膨大な日本文学の論及の中から、代表的な3人だけを取り上げて読後感とするのは、甚だ心もとないがお許しを。明治150年の節目に、西欧文明と格闘した漱石の苦悩を思い起こすところから。キーン氏(以下著者)によると、『草枕』は「漱石文学の中でもっとも意図的に日本の伝統的手法を取り入れたもの」であるが、漱石はそれ以後ぷっつりとその追求をやめ、嫌悪していたはずの西洋文学に傾斜を強めていく。その結果、「『生命のやりとり』をするような小説を書こう」との「決心は、後続の作品に力を与え、多くの日本人読者をして漱石を尊崇させる因となったが、文学にとって貴重ななにものかー一種の詩ーを奪ったと言える」とする。かくいう私も漱石文学の詩的なるものを排して、人生と真正面から対峙するテーマを追う姿勢が好きで、これまできた。その辺りを再確認するべく今、漱石全集読破に挑戦中だが、著者の視点は大いなる水先案内人足りうる▼一方、森鴎外について。偶々、鴎外の孫・小堀欧一郎さん(医師)の著作『死を生きた人々』を読み、かつNHKスペシャルで、この人の在宅診療ぶりを感動のうちに観たこともあって、改めて祖父・鴎外に関心を持った。「語られぬ部分があまりに多い彼の小説は、ちょっと読んだだけでは味があまりに淡白に過ぎ、今日の読者を堪能させるまでには至らない」という。確かに、私には近寄りがたい存在だ。著者は、ディレッタント(好事家)だった鴎外について「翻訳、物語、戯曲、詩、小説、評論、史伝等に」と、活動は様々に広がったが、「偉人として後世の人に仰がれる存在になった」という。その理由は「文武両道をきわめた者として、日本の伝統的理想を、身をもって行ったからである」とする。日本の伝統から離れたと見られる漱石と真逆といえようか。数多の弟子がいた漱石と、全くいなかった鴎外と。対称的な二人はどこまでいっても興味が尽きない▼「鴎外を神のように尊敬すると自認した」三島由紀夫について、著者の眼差しは鋭く、微に入り細を穿つ。「日本文学の古典から得た情緒を、繊細で古風な文体を用いて再現するのがうまい神童だった」か弱き少年が、やがて「筋肉たくましいおとなになり、鴎外の歴史小説に出てくる主人公そのままに真一文字に腹かききって死ねる男になった」のだが、「実は、それが話のすべてではなかった」と、筆を運び、「この古武士に見まがう人間が、死の日に、近代日本文学の一級の部に入る作品を書き上げていた」と、読み物風のタッチで読者を引き込み、『豊饒の海』四部作へと導入していく。日本の近代・現代文学史に興味を持つ向きには堪えられない面白さがそれこそ満載されている。例によって「一度読んだだけ」の私だが「読書の本懐は再読にあり」を実践してみたいものだと思うに至っている。(2019-3-3)

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