Monthly Archives: 4月 2019

もう一つの明治維新ー野邊地えりざ『紅葉館館主 野邊地尚義(のべちたかよし)の生涯

あまたいる私の友人の細君たちのなかで、本を執筆、発刊した人は今までいなかった。そこへ「家内が本を出したので、読んでくれれば嬉しい」と、大学同級の友・青木聡君から送られてきた。野邊地えりざ『紅葉館館主 野邊地尚義の生涯』。サブタイトルにー明治の民間外交 陰の立役者ーとある。著者は青木の妻君で、本名は智子さん。我々は大学を出てちょうど50年になる。この20年あまり、熱心な3人の幹事のお陰で、毎年一回東京でクラス担任だった小田 英郎先生を交えクラス会を続けている。20人ほどが集まる会の、青木も私もほぼ常連。親しい仲だ。智子さんとは一度会ったことがあり、かの有名な雙葉学園出の才媛(大学は慶応)であることは知っていた。ご先祖が高貴なお方とは聞き及んでいたが、野邊地尚義の玄孫に当たるとは知らなかった▼頂いてより一気に読んだ。力作である。歴史エッセイとして一級品だ。岩手に、京都にと、尚義の足跡を追って足を運ぶ。国会図書館始め各地の図書館に資料を求め、丹念に読み解いた結果が見事に蘇り、読むものの興を唆る。わたし的には、時折顔を出す、著者のルポ風の書きこなしが特に気に入った。京都の盛岡南部屋敷跡に立ち寄ったあとで、近くの割烹に入って食事されるくだり。これはもう最高。ご本人のその時の気分も巧みな表現で盛り込まれ、読んだこちらも行って見たくなるほど。他にも随所に著者の人となりの麗しさが嗅ぎとれ、興味深い▼じつは、恥ずかしながら、野邊地尚義を知らなかった。野辺地町という地名は知っていたが。そして、紅葉館なるものの存在も。本を読み終えてのち、ものの本を開くと、「蘭学者、英学者。日本の英学教育の始祖である。日本で最初の女学校である『新英学院 女紅場』を京都に創設した。芝・紅葉館館主を29年間勤め、明治の民間外交の陰の立役者となる」とあった。うーん。これほどの人物を知らずに、明治150年がどうしたこうしたとよく去年は書いたり喋ったりしたなあと、心底から反省する。津田塾や鹿鳴館は知っていても‥‥。この本を読んで大いに認識を新たにし、知識を深め、広げることが出来た▼高級な社交場としての紅葉館と並んでこの本に登場する鳩居堂は蘭学塾。両者共に、尚義とのゆかりは深い。ただ、鳩居堂といえば、京都や銀座にある有名な書画用品、香の老舗を想起する。一方、紅葉館が元は東京タワーの立つすぐ傍にあった(戦争で灰燼に帰す)と聞くと、今その近くにある懐石料理店『とうふやうかい』を思い出す。現役の頃、ここを時々訪れ、その庭の美しさに感嘆したものだ。この著作の中に登場する紅葉館の佇まいには遠く及ばないだろうが、ひょっとして、この店の創業者の頭には紅葉館のことがあったのかも。この辺りのことについてこの本で触れて欲しかったとの気はする。ともあれ、自分の無知を恥ずかしくなると共に、著者が羨ましい。野辺に咲く雑草のような無名のご先祖しか持たない身にとって、こんな素晴らしいご先祖の足跡、業績を辿れるなんて、凄いと。ぜひ著者には引き続き新たな歴史散歩風エッセイを書いて欲しいものだ。(2019-4-27)

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高まった興奮後のいささかの失望ー横山秀夫『ノースライト』を読む

横山秀夫の本にはいつも興奮させられる。『動機』『クライマーズ・ハイ』『第三の時効』『半落ち』『64』などから、数多い短編にも。今回数年ぶりに満を持して書かれた『ノースライト』も、読む前からのワクワク感があった。予想に違わずグイグイと引き込まれた。実在した建築家ブルーノ・タウトの影を追いながらの筋立ては、いささか高級感が漂い、これまでのものとは趣が異なる。その分一層謎解きへの興味は高まる▼この物語は、建てられた邸に注文主が入った痕跡がないまま姿を現さないという謎に、建築士が挑む形で進む。それに加えて、建築士の夫婦の離婚、そして娘との交流というお馴染みのパターンが加わり、さらに、彼が縁あって雇われる友人のちっちゃな建築事務所の建築コンペでの大事務所との競争という要素が絡む。この筋立てのなかに、タウトが作ったと思われる椅子の由来が浮かぶ▼全体を通じて、殺しの場面や血生臭さはない。死も、殺人ではなく、事故死か自殺かとの差異をめぐるものがメインだ。更に、辛うじて怪しげな男の存在が随所に影を落とすものの、恐怖感はさしてない。トーンとしてはどこまでも優しい。後半になって注文主と建築士の双方の父親の過去が顔をだし、急展開していく。基底部に「鳥」の存在があり、九官鳥が重要な脇役を演じるのは面白い。更に遺児のために父親の建築物を遺すとのくだりには胸打たれる▼こう書いてくると、お察しのようにいささかこれまでの横山作品と比較すると、物足りなさは覆いようがない。しかも、導入部で重要な役割を果たした椅子がなぜこの邸に持ち込まれ、そして残っていたのかの説明がない。読み終えて妙に気懸りである。わざと余韻を残すためか、はたまたこちらが読み落としたのか。だが、こういう推理小説もいいかもしれない。これなら自分にも書けるかもしれないという無謀な思いを抱かせる分、読者に限りなく優しいように思われる。(2019-4-25)

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昭和最後の父親像ー宮本輝『野の春』ー流転の海第九部ーを読む

私の妻はあまり本を読まない。正確にいうと、読んでるところを見たことがない。その彼女がこれまで読んだと思われる数少ない本が宮本輝さんのものだ。私も彼の本はそれなりに読んできた。この人は知る人ぞ知る創価学会文芸部員出身。作家としての手ほどきをしたのは、同文芸部草創の指導者・池上義一さんだ。『流転の海』の最終巻である『野の春』を書き終えた後、聖教新聞のインタビュー記事(昨年12-19付け)に小説を書く上での転機になったのは、人生の師匠である池田大作先生のあるスピーチに出合ったからだと述べていて興味深い▼『流転の海』はともかく長い。37年越しで著者は書き上げた。書くのも勿論大変だが、読む方もしんどい。著者の輝さんにとってこの本は、「家族伝」だから、思入れもひとしおだろう。それに付き合う読者は、よほど輝さん好きでないとついていくのに苦労する。私と輝さんはほぼ同世代なんで、この本を読み進めるにあたって、最初の頃は自分と彼の生い立ちを比べる気持ちが無きにしもあらずだった。しかし、途中でそれをやめた。あまりにも境遇が違うーとりわけ父熊吾の生き方ーからである。小説だから当然創作部分が入っていようが、大枠は変わるまい。こんな魅力溢れる男っているのか、というのが率直な思いだ▼全9巻を通じて何を一番強く感じたか。わたし的には、一言で言えば、「ほんとかよ。こんな親父っている?」というもの。しばらくして、「昔はいたろうな」ときて、最後は「団塊世代の親は、子の育て方を知らないままきたな」いう風なところで収まる。昨今の日本の、とてつもないくだり坂の風潮の原因は、団塊世代が子どもをまともに躾けてこなかったからだとの説がある。自分の子に対する姿勢を含めて、概ね賛同する。輝さんの親父熊吾は、別に口先だけで躾けめいたことをしたり、言ったりしたわけではない。全存在をかけて子供に自分の背中を見せて生きてきたのである。そういう親父とそこに反発しながら寄り添う母親を見ながら育った輝さん。この辺り、彼の今があるからこそ同調出来る▼ただ、私の率直な感想は息子・伸仁の描き方つまり輝さんの自画像が物足りない。20歳までだからこういうものなんだろうが、いささか遠慮しすぎでないかと思われるほど、影が薄い。我々と同世代の評論家・川本三郎は、毎日新聞の書評(2018-12-9)で「一人の偉大な大庶民の死は胸を打つ。男性作家が父親をこれほど魅力的に描いたことは特筆に値する」と結んでいる。私はこの父親像はどこまでが本当の事実で、どこからが創作、つまりウソなのかが気にかかる。もし、殆どが本当だったら、大変な父親だし、そうでなかったら、大変な息子だと思う。これっておかしな読み方だろうか。輝さんに本当の自伝を書いて貰いたい気持ちが読み終えた今高まってきている。(2019-4-22)

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生と創作への漲る意欲ー柳谷郁子『美しいひと』を読む

選挙期間中は流石の私も当然ながら本は読めず、4月に入って読後録も書けなかった。「忙中本なし」を実感する。しかし、習い性となった身としては、試験前に限って無性に本を読みたくなる学生のように、束の間読みさしの小説や随筆などを開いてしまう。著者の柳谷郁子さんから送られてきた『美しいひと』なる掌篇集を一日一篇、つまり10頁ほどづつ読み続け、ようやく終わった。この人、姫路が誇る女流作家である。私はひょんなことから評論家の森田実さんと彼女を結びつける役割を果たし、双方から喜ばれていることは既に触れた通りだ▼表題作のように、6頁のものから、一番長い50頁足らずのものに至るまで、全部で17の掌篇からなっている。繊細かつ大胆な内面を、美しいお顔立ちと穏やかな表情で覆い隠された著者の心のあやがジワリ伝わって、爽やかな思いに誘われる。帯には「人生の一瞬にひそむ妖しい機微」「人の一瞬を彩る華のごとき魔性」ーとあるように、恐らくは編集者は17の小さな物語に宿る、人の一瞬のこころの動きの共通点に着目したと思われる。続けて「人はこうして生きています。一粒の涙も微笑もみんなあなたです」と、柳谷さんが読者に語りかけたい思いに共感を訴えている▼私は、この本から、迫り来る「老いと死」に対して、いかに創作をし続けるかという著者のこころの叫びを感じた。「何処も彼処もが死者たちの影のそよそよと重なり合い擦れ合う気配で満ちているのだ(中略)今生きている者たちもこれから生まれて生きていく人々も、命という命はみな、死者の影たちの仲間なのだ」(「お札」)ーここには若い時には殆ど考えなかった「生と死」が奏でる、晩年における二重奏が聞こえてくる。私も深夜時々目が覚めて、この「気配」に引き摺り込まれてしばし眠れないことがこのところ少なくない▼一方、そうした「気配」に抗して、著者は人の内面に潜む強い欲求をこう表現する。「わたしの記憶、わたしの思い、わたしの望み、わたしの夢、わたしの論理、わたしの感受したもの、わたしの内の形の無いすべてをこの世にとどめておきたい、わたしはけしからぬ欲望の持ち主だ」(「放熱)」)ーこのくだり、「終活」にさしかかった全ての人に共通する思いではないか。わたし的には、17篇中でこの掌篇が一番の好みだ。ショパンとベートーヴェンの音の相違から始まって、主人公の身近に残った三冊の本と作家の話。それと絡めて老人ホームに入居している3人の老女とひとりの老人たちとの交流。主人公はその展開の中で「そうだ、わたしは壮大な物語を書きたかったのだ」「ああ、わたしは小説を書きたかったのだった」と叫ぶ。最後に「放熱を。放熱を」と闇に呟くくだりは強い共感を覚える。ほんのちょっとした紙数の中に、終着駅に向かうような人の姿が描かれていて強烈なインパクトだ。尤も「放熱」という言葉にはどこかで読んだもの(志賀直哉『暗夜行路』の「豊年だ、豊年だ」)と類似の印象を受け、多少の違和感は否めないが。 (2019-4-11)

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