Monthly Archives: 9月 2019

劣化した政治の犠牲になった哀れな経済ー小峰隆夫『平成の経済』を読む

政治と経済は自ずと一体不可分のもの。「平成の政治」を見る上で、「平成の経済」は欠かせない。2冊併せ読んで平成の時代の全貌が姿を現す。前者は鼎談三部方式だったが、後者はバブル崩壊後の「経済白書」に取り組んだエコノミスト・小峰隆夫氏ひとりが迫っており、一貫性があって読みやすい。一覧表や図が駆使されていることも理解を助ける。おまけに著者の切り口は、リアルに徹した語り口調でわかりやすい。全体は、①バブルの崩壊と失われた20年の始まり②金融危機とデフレの発生③小泉構造改革と不良債権処理④民主党政権の誕生とリーマン・ショック⑤アベノミクスの展開ーの5部構成である。こう振り返ると、劣化した政治のおかげで犠牲になってきた、この30年の日本経済の悪戦苦闘の実態が蘇ってくる▼一昔前には「経済は一流だが政治は三流」などといった見方が当たり前に使われていた。高度経済成長の名の下、戦後の荒廃から見事に立ち直った原動力としての日本経済の底力が汲み取れよう。今から思えばそれを可能にしたのは政治だから、そう捨てたものではなかったのかもしれない。ただ、平成の30年間は、むしろ「政治は三流だが経済も三流」に後退してしまった感が強いのは酷な見方だろうか。バブル絶頂から崩壊を経て長きにわたるデフレとの格闘は、昭和期の両者に比べて共に一段と弱体化した趣が強い。著者は、そのあたりを「政権が目まぐるしく交代し、政治改革が大きな議論となる中で、バブルの処理はどちらかというとわき役に押しやられてしまった感がある」と述べている▼バブル崩壊後の経済停滞については、金融機関に滞留した不良債権の影響に加え、アジアでの通貨危機が国内に飛び火、日本の金融危機を招いてしまった。その状況下で、橋本龍太郎内閣は、財政構造改革など六つもの改革に乗り出したものの、結局は金融をめぐる政策対応に右往左往するだけで、改革はいずれも中途半端に終わってしまった。橋本首相の改革への意気は〝壮〟とするものの、間口を広げすぎた感は否めない。その点、後の小泉純一郎首相は対照的である。「自民党をぶっ潰す」などと云った短い衝撃的なフレーズを駆使し大衆受けを狙う一方、経済学者・竹中平蔵氏を巧みに使って事に当たった政策的明瞭さは刺激的だった。その評価は別れるものの、平成のリーダーとしての特異さは際立つ▼民主党政権誕生と相前後してリーマンショックが襲ったことは、阪神淡路の大震災と同様、日本にとって不幸なことだった。民主党は「一度はやらせたら」との政権交代待望の風に乗って、その座についたが、政権運営の準備と力量の不足で大失敗に終わった。その経緯も坦々と解説されている。一方、アベノミクスなる造語を掲げ、今に続く安倍晋三政権の経済運営への評価は、人により、また立場の違いから異なる。新旧の「三本の矢」の結末、財政再建の先送りなど、決して褒められたものではない。だが、「経済よりも生活重視」「企業よりも家計重視」とのスローガンを掲げて看板倒れに終わった民主党のおかげで、「よりまし」経済との実感はそれなりに天下に漂っている。ただし、それがいつまで続くかは定かでないことをも、小峰氏は丁寧に分析している。ともあれ「平成」を概括的に捉えるための好著であることは間違いない。(2019-9-24)

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公明党の存在って、こんな程度だったの?ー御厨貴・芹川洋一編『平成の政治』を読む

日経新聞社が平成の時代を、政治、経済、経営の三つの観点から総括、分析した本だというので、まず、『平成の政治』から読んだ。御厨貴(東大名誉教授)と芹川洋一(日経論説フェロー)の二人がホスト役になって、ジェラルド・カーチス(コロンビア大名誉教授)、大田弘子(政策研究大学院大教授)、蒲島郁夫(熊本県知事)の三人とそれぞれ語り合っている。30年を「政治改革」「官邸主導」「地方」の視点で捉えた三部形式。読み応え十分で、概ね満足できた。ただ一点だけ不満が残る。30年のうち、後半20年を「自公連立」の相方として演じてきた公明党についての記述があまりにも少なく、弱いことだ。分かってそうしてるのか。それとも本当のところが分からないからなのか。何もよく書けと言いたいのではない。もっときちっと料理して欲しいと言いたい。これでは、「平成の政治」を読み解いたと云われても、よく噛まないまま固まりを飲み込んだ時のように、消化不良が気にかかる▼それでもゼロではない。5頁ほどだけ出てくる。三者三様に鋭く公明党の抱えている課題について論及しており、興味深い。御厨は、国交相を公明党の指定席にしたことで、ある種の透明感が限定的にせよ生じたことと、政策、特に安全保障分野で、本気で熱心に議論をすることを公明党のプラス面として評価している。一方、安保法制に賛成して以来、議員と支持者の間が遠くなったことと、社会性を巡って議員と創価学会中枢との関係に矛盾が生じていることを課題としてあげている。また、芹川は、小選挙区選出議員はリアリスティックだが、比例区選出議員は理想主義的な傾向が強い、と指摘する。加えて、支持者の間における無党派層の増加や親の世代と子供の世代のギャップなども注目されるとしている。その上で、カーティスは、「公明党なくして自民党もない」として、重要な公明党の役割を強調し、芹川も両者の関係は「渾然一体化」しており、御厨に至っては「もう離れられない」とまで云う。しかし、論及はそこで停止してしまっているのだ▼私が問題にしたいのは、そういう公明党の存在が平成の政治をどう動かしてきたのか。何を変え、何を変えずにきたのか。そのような分析が皆無だということについてである。芹川は、別の著作で、今の政党の分布図が55年体制以前と比べほぼ同じになった、元に戻ったと述べており、この本でも「ぐるっと一回りした」と同じ認識を繰り返し、御厨も同調している。 すなわち、かつての社会党が立憲民主党に、民社党が国民民主党になっただけで、名称は変われども一回転したに過ぎないと云うのである。ここにはかつては野党だったが、今は与党の公明党の存在が完全に消えている。恐らく、両者は渾然一体だから、公明党を論じても仕方ないと云うのだろう。だが、果たしてそうだろうか。そう見るのは、評論家の力量としてはいささか心もとないと私には思われる。この20年に及ぶ自公連立政権にあって、公明党がどのような力を発揮して政権の一翼を担ってきたのかを追わない政治分析って、一体意味があるのか、と云わざるを得ないのだ▼ただ、そう憤ってみた上で、公明党の側の責任も問われねばならないと思う。ここまで無視されると、党員から議員を経て、また党員に戻った50年に及ぶ公明党のウオッチャーとして恥ずかしく感じる。私は自分を棚上げして、ひたすら今の公明党にもっと自己主張を求めたい。何故の連立なのか。どうして今の安倍政権を支えることが政治の安定に繋がるのか。貧富の格差がますます広がる中で、社会的弱者の側にどう立っているのか。政治の改革はどう進めているのか。選挙で自民党を支え、自民党に支えられて、「公明党の自民党化」が進んでいるとメディアに報じられている。それならば「自民党の公明党化」的側面を、もっとアピールしていいはず。いや、公明新聞や理論誌、グラフ誌に特集が組まれているのを見ていないのかとの反論があろう。しかし、深掘りはなされていない。響いて聴こえてこない。公明党の政治路線を今こそ党の幹部は公明新聞紙上でも論じるべきではないか。それは決して政治の安定を脅かすことにはならない、と私は固く信じているのだが。

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死にゆく流れの革命ー帯津良一『かかり続けてはいけない病院 助けてくれる病院』を読む

歳を取ると、「きょうよう」と、「きょういく」が大事という。「教養と教育」ではない。今日用事があるか、今日行くところがあるか、ということを揶揄って云うのだが、その重要な要素として、医者通いがある。老人にとって病院は、用があり、行くべきところのベストワンなのだ。御多分に漏れず、私も病院に行く機会が滅法増え、薬局で薬を貰うことが重要な〝しごと〟になってしまった。帯津良一さんのことは数年前に国会議員のOBの集まりで講演を聴く機会があり、その名声の寄って来たる所以が分かったものだ。今回のこの本は我が親友が推薦してくれたもので、飛びついて一気に読んだ。だけでなく、老義母、老妻と家族3人がそれぞれ手にして、それぞれの読み方をした▼私は国会議員を引退する少し前に、脳梗塞を患った。お陰様で10日ほどの入院、点滴治療だけで、大事には至らず、後遺症もないまま無事に退院できた。それは良かったのだが、その原因には長年の糖尿病罹病があげられる。血管に関する〝兇状持ち〟とも云え、今に至るまで医者、病院との関係が絶えない。どころか、東京在住から兵庫県に転居したため、主治医が変わった。それから7年。現在では、セカンドオピニオン、サード、フォースと続く。やがてファイブにも及ぶかもしれない。それぞれの医師は良い人たちなのだが、私を次々と襲う症状になかなかマッチする治療、アドバイスはしていただけない。そんな私にとって、帯津さんのような医師がそばにいてくれたらと思うことしきりである。第1章の「現代の医者、病院の問題点11カ条」から、第5章「『寝たきり長寿』にならない、最強養生12カ条」まで、全て大いに頷ける内容だ▼そんな中で、私が最も興味深く読んだのは、第4章「誰もがうらやむ『死』を迎えるための8カ条」だった。特に、人が死にゆく流れとして、❶食物を受けつけなくなり、穏やかなまどろみに入る❷水分を欲しがらなくなり、意識低下の状態からボンヤリする❸酸欠状態になって、意識がボーッとしてくるーという死のメカニズムを述べたくだりである。この流れに逆らって、延命をしようとするところから様々な問題が起こってくる、との指摘は極めて重要だと思われる。これに付随して、「ふだんから死生観を養うこと」、「死は敗北ではない」、「人間には『死にどき』があり、それは自分で見つける」のだ、といった論考はまことに参考になる。ただし、死にどきのタイミングを見つけることが至難のわざだから困る。その辺りについてはイマイチ読み取れないのは残念だ▼この本における圧巻は、死は大いなるいのちの循環のなかのワンシーンだと述べているところだろう。ただ、「いのちのエネルギーをどんどん高めていって、死ぬ日が最高のエネルギーになるように持っていく」と言われているところには、いささか矛盾を感じざるを得ない。前述したような死に至る流れにある人間にとって、どうしてそんな芸当が出来るのか。意識が朦朧としている人間に「スペースシャトルが大気圏外に飛び出すように、向こうの世界にバーンと飛びだしていく」ことはできるはずがない。「そのためにはどんどん人生に『加速度』をつけていかなければなりません」と言われても、困るだけ。恐らく、大きく言って、死にゆくパターンは二つあって、平凡な穏やかな死と非凡な激しい死とに別れるのだろう。帯津さんは後者を目的にしているはず。「一人ひとり三百億年の軌道を生きる同志です」とまで言い切っておられて小気味いいばかり。さて、どっちを選ぶか。今のところ私はギリギリまで、帯津的死に方を志向して、最後の最後は平凡な死に方をするのだろうと思っている。

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