政治と経済は自ずと一体不可分のもの。「平成の政治」を見る上で、「平成の経済」は欠かせない。2冊併せ読んで平成の時代の全貌が姿を現す。前者は鼎談三部方式だったが、後者はバブル崩壊後の「経済白書」に取り組んだエコノミスト・小峰隆夫氏ひとりが迫っており、一貫性があって読みやすい。一覧表や図が駆使されていることも理解を助ける。おまけに著者の切り口は、リアルに徹した語り口調でわかりやすい。全体は、①バブルの崩壊と失われた20年の始まり②金融危機とデフレの発生③小泉構造改革と不良債権処理④民主党政権の誕生とリーマン・ショック⑤アベノミクスの展開ーの5部構成である。こう振り返ると、劣化した政治のおかげで犠牲になってきた、この30年の日本経済の悪戦苦闘の実態が蘇ってくる▼一昔前には「経済は一流だが政治は三流」などといった見方が当たり前に使われていた。高度経済成長の名の下、戦後の荒廃から見事に立ち直った原動力としての日本経済の底力が汲み取れよう。今から思えばそれを可能にしたのは政治だから、そう捨てたものではなかったのかもしれない。ただ、平成の30年間は、むしろ「政治は三流だが経済も三流」に後退してしまった感が強いのは酷な見方だろうか。バブル絶頂から崩壊を経て長きにわたるデフレとの格闘は、昭和期の両者に比べて共に一段と弱体化した趣が強い。著者は、そのあたりを「政権が目まぐるしく交代し、政治改革が大きな議論となる中で、バブルの処理はどちらかというとわき役に押しやられてしまった感がある」と述べている▼バブル崩壊後の経済停滞については、金融機関に滞留した不良債権の影響に加え、アジアでの通貨危機が国内に飛び火、日本の金融危機を招いてしまった。その状況下で、橋本龍太郎内閣は、財政構造改革など六つもの改革に乗り出したものの、結局は金融をめぐる政策対応に右往左往するだけで、改革はいずれも中途半端に終わってしまった。橋本首相の改革への意気は〝壮〟とするものの、間口を広げすぎた感は否めない。その点、後の小泉純一郎首相は対照的である。「自民党をぶっ潰す」などと云った短い衝撃的なフレーズを駆使し大衆受けを狙う一方、経済学者・竹中平蔵氏を巧みに使って事に当たった政策的明瞭さは刺激的だった。その評価は別れるものの、平成のリーダーとしての特異さは際立つ▼民主党政権誕生と相前後してリーマンショックが襲ったことは、阪神淡路の大震災と同様、日本にとって不幸なことだった。民主党は「一度はやらせたら」との政権交代待望の風に乗って、その座についたが、政権運営の準備と力量の不足で大失敗に終わった。その経緯も坦々と解説されている。一方、アベノミクスなる造語を掲げ、今に続く安倍晋三政権の経済運営への評価は、人により、また立場の違いから異なる。新旧の「三本の矢」の結末、財政再建の先送りなど、決して褒められたものではない。だが、「経済よりも生活重視」「企業よりも家計重視」とのスローガンを掲げて看板倒れに終わった民主党のおかげで、「よりまし」経済との実感はそれなりに天下に漂っている。ただし、それがいつまで続くかは定かでないことをも、小峰氏は丁寧に分析している。ともあれ「平成」を概括的に捉えるための好著であることは間違いない。(2019-9-24)