Monthly Archives: 9月 2020

(360)罪深い〝パワフル市長〟の魅力と懸念とー泉房穂『子どものまちのつくりかた』を読む

30年住み慣れた姫路から明石に転居してやがて1年が経つ。明石海峡大橋と淡路島を借景に海岸まで歩いて15分の生活は、眼だけはコロナ禍にあっても十分に慰められている。この市はこのところ、若い人を中心に人口が増え「子育てしやすいまち」「駅前図書館・本のまち」として知られる。と同時に、「パワハラ」で、日本中に悪名を轟かせた泉房穂氏が市長を勤めることでも。その市長が出版した本『子どものまちのつくりかた』を偶然偶々明石駅前の書店の棚で発見して驚いた▲巻末に慶大の井手英策教授とのツーショット入り対談が掲載されているのだ。井手教授は財政社会学が専門。かつては前原誠司氏のブレーンとして名を馳せた著名な学者である。『分断社会を終わらせる』『増税幸福論』など知的刺激満載の多数の著作を持つ。この読書録でも以前に紹介した。保守の勢いが嫌まして強い、リベラル派退潮のご時世に注目の論客の一人である。とりわけ、ベーシックサービスの導入を強調されていることには刮目する(この辺りは別項で触れたい)▲驚いた理由は他でもない。井手さんが泉市長をまさにベタ褒めされていることに、である。「私がこれまで考えてきたこととも完全に重なり合います。自分がずっと訴え続けてきた思想、哲学を、実はもう率先して、前の段階から実践されていて、こういう素晴らしい結果を出しているまちがあると知り、本当に励まされる思いです」と。慌てて、私はこの本の奥付きを見て出版日を確かめた。かの事件が公になった直後と知って胸撫で下ろす思いがした。と同時に、当時の井手さんの驚きに他人事ながら同情を禁じ得なかった。ったく、泉さんは罪深い、とも▲本人は猛省したうえ、ひとたび辞任し、病的な性癖への専門医の治療を受けたのち、少なからぬ市民の要請を背景に、出直し選挙で返り咲いたことは周知の通り。旧聞に属することでもあり、改めて旧悪をここでは持ち出さない。それよりも、この本の中で理念が示され、現に展開される「子どものまち」のありようをめぐっての建設的論争に関心を持ちたい。今もなお、反泉陣営からは、「財源に問題あり、市政は必ず将来破綻する」との声は根強い。また、駅前だけは活気があっても、少し離れるとシャッター商店街の実態は今なお続く。この本を基に有意義な議論が展開されることを望みたい。(2020-10-1)

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(359)新首相の眼には目をー塩野七生『マキャヴェッリ語録』を読む

菅義偉首相がマキャヴェッリの本を愛読していると知って、本棚から取り出して塩野七生の『マキャベッリ語録』を改めて読むことにした。彼を解くカギをそこから探ろうとしたのである。『君主論』でも『我が友マキャヴェッリ』でもなく、読みやすい『語録』にしたのはご愛嬌。塩野七生さんといえば、日本の政治家は彼女の『ローマ人の物語』を読む人が多い。その流れに先鞭をつけたのは中曽根康弘内閣を支えた後藤田正晴官房長官だったと記憶する。恐らく菅さんも安倍晋三さんを支えながら、塩野さん描くところのマキャヴェッリに思いをいたしたものと勝手に連想する▲菅首相を巡っては、国家観がないとか、薄っぺらだとかの辛口の評価がなされる一方、たたき上げの苦労人で、庶民感覚に根付く政策立案に長けているとの甘党の見方もある。ともあれ高い支持率の出発で、解散総選挙に踏み切る公算が日増しに高まる。先日上京して元官僚や元ジャーナリストら、練達の士たちとの意見交換をしてきたが、今解散に踏み切らずしていつやるのか、との見立てが支配的だった。新型コロナの感染状況の推移がカギを握るものの、そのデータの扱いなど、いかようにも操れるというのである▲この本を読みつつ菅さんの心中を慮るのも一興ではある。「信義を守ることなど気にしなかった君主の方が偉大な事業を成し遂げて」おり、そのためには「人間的なものと野獣的なものを使い分ける能力 」を併せ持つことが大事だとしているくだりは最適の箇所かもしれない。塩野さんは、野獣といえばライオンと狐に注目すべきだとして、この二つを使い分けることに力点を置く。「狐的な性質は、巧みに使われねばなら」ず、「非常に巧妙に内に隠され、しらっぱくれてとぼけて行使される必要がある」と。この辺り、新型コロナ禍と解散総選挙の時期を見る上で絶好の教材になろう▲いやもっと菅さんの心境を計るに足りうるところは、「運命をめぐる論議」のくだりかもしれぬ。「運命は変化するものである。それゆえ人間は、自分流のやり方をつづけても時勢に合っている間はうまくいくが、時代の流れにそわなくなれば、失敗するしかない」という箇所だ。安倍首相を支えたこれまでの時間と、引き続き菅さん自身が政権を運営するこれからの時間とが連続する。これが吉と出るか、凶と出るか。菅さんには懸命の思案が必要だろう。塩野さんは、「慎重であるよりは果敢である方がよいと、断言」している。慎重居士で行くか、勇猛果敢に挑むか。この見極めは新首相の、その一風変わって見える眼に目をむけるしかない、と私は思う。全ての日本人が首相の眼に目を凝らす日々が続く。(2020-9-19)

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(358)悪いも良いも全てが暴かれたー門田隆将『疫病2020』を読む

新型コロナウイルスによる肺炎の患者が日本で初めて確認されたのは、2020年1月16日のこと。武漢から10日前の1月6日に帰国した30代の中国人だった。中国は23日に武漢市を封鎖する。その3日後の26日に、日本の厚労省は、ホームページに「新型コロナウイルスに関するQ&A」を公表、「ヒトからヒトへの感染は認められるものの、感染の程度は明らかでない。過剰に心配することはない」との緩やかな見方を示す。著者・門田隆将は、コロナ禍事態への対応について、信じられないほどの〝悪意に満ちた中国〟と、〝善意に満ちた日本〟を対比させつつ、一気に読ませる。発刊されてから2ヶ月余り。気にはなりつつ、「あること」が災いしてわざと読むのを遠ざけていた。親しい友人から勧められたこともあり漸く読んだ。その迫力溢れる筆致に圧倒された。遅かったと、後悔する我が身を恥じるのみ▲この本の凄さは、門田が自身のツイッターでの発信をベースに置いて、克明に事態の進展を追い、歴史の中にしっかりと跡付けし、読者へ提示していることである。最初のそれは、1月18日付け。武漢の新型コロナウイルス対策で、米国CDC(疫病対策センター)がまるで映画『アウトブレイク』のようだとし、日本も人民大移動が始まる中国の春節の前に徹底した対策を取るよう訴えている。その映画は感染症との戦いをダスティン・ホフマン主演で描いた話題作である。ツイッターとそれを補いつつ展開する論評は呆れるほど歯切れ良く見事だ。厚労省始め、日本政府の危機感の欠如や、およそ〝緩い予測〟の数々を披露し、中国で異変がいかにして起こったかを暴く。かつての失敗を教訓にした台湾の見事なまでの危機対応の処し方も見逃せない▲厚生労働省で僅かの間とはいえ、仕事をしたことのある私としては、耐えがたいほどの酷評に苛立った。同時に長きにわたって防衛省を担当した者として、自衛隊の獅子奮迅の活躍ぶりには溜飲を下げる場面も。したたかさを遥かに超えた中国政府の緊急事態への対応と、かの国の医療者や一般国民の懸命の戦いに目を見張る思いもする。共産中国という存在が、自由主義国家群との対決を鮮明にするに至った姿が浮き彫りになっていくあたりは、疫病対応を通じての最新現代国際政治学の生きた教材解説でもある。日本の政治、政治家の無能ぶりを散々こき下ろした挙句、ツイッターの最後を4月22日付けで、日本の死者数が欧米より圧倒的に少ないことを挙げ、医療従事者たちの自己犠牲の精神を持ち上げることを忘れていない。「医療崩壊ギリギリで持ち応える日本が先進医療大国であることは誇り」との結び方は多くの日本人をほっとさせる▲私が読むことを躊躇した「あること」とは何か。新聞広告での「総理も愕然『創価学会』絶対権力者の逆襲」との見出しである。目次にはこれに類するものは見られない。「混沌政界へ突入」と題する章に含まれているのだが、いかにも創価学会、公明党関係者を釣るためだけの餌のように見えて、その魂胆を卑しく思ってしまったのである。「絶対権力者」という表現にもその下心が否定できない。「国民一律10万円給付」は、公明党の若手議員たちが早い段階で主張してきたテーマである。それを受け入れるに至らなかった党執行部を不審に思っていた私は、支援団体・創価学会側から激しく責められて立ち上がるに至った経緯は口惜しく思える。そんなこんなで、読むに値しないと勝手に決めてしまった。巻末にある著者と佐藤正久氏(参議院議員)との産経『正論』5月号の対談収録も読ませる。「ひげの隊長」で呼称される佐藤さんの識見と胆力はただものでない。それにしても彼の〝政界内部告発〟には改めてため息の出る思いがする。関連年表共々しっかり目を通し、長く保存するに値するものだと付け加えたい。(2020-9-10)

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