Monthly Archives: 12月 2020

孫娘の成長に見惚れ、深みに嵌るー伊東眞夏『深読み百人一首』を読む

もう幾つ寝ると〜お正月🎵お正月には凧揚げて~駒を回して遊びましょ🎵ー子どもの頃に誰しもよく歌ったものだ。お正月の遊びといえば、かるた取りも加わり、『百人一首』に興じる人たちも少なくない。我が家でも近くに住む孫娘が小学校にあがって、今や4年生だが、去年とはまた格段に腕をあげたようで、もはや爺さんは太刀打ちできない。この一年の間に孫と爺の力の差は大きく開いてしてしまった。というのも先だって手合わせを迫られて、1年生の孫と3人でやったら、7-8割方はこの孫娘に取られてしまった。上の句を母親が読み上げたら、間髪を入れずに「はいっ!」と上体を屈ませ、手を伸ばすのだから。下の句の登場まで待ってる当方は、せいぜい目の前のものを取るのが精一杯だった▲あまりの惨敗に、何とかせねばと思い、手元に『百人一首』本を揃えた。暗記用きまり字一覧付きの『百人一首』と、あんの秀子『楽しく覚える 百人一首』である。昔懐かしい和歌の陣列の前に、ただただぼんやりとイラストを見て、頁を繰ってるうちに日が経ち月が経て、お正月は指呼の間に迫ってきた。もはや諦めるしかない。言い訳やら、違う種類の孫遊びの手立てを考えているところだ。そうした遊びとしてのかるた取りの本とは別に、以前から新聞広告で知って興味を持っていた本を読むことにした。伊東眞夏『深読み百人一首』である。サブタイトルには「31文字に秘められた真実」とあり、大いに読書欲をそそられた▲『百人一首』とは、百人の歌人から一首づつ選んだもので、通常は京都・小倉で藤原定家が選び編纂した『小倉百人一首』のことを指す。概ね平安時代の歌が取り上げられている。著者伊東氏は「歴史の痕跡」に「鍬を打ち込み、歌の底に隠れている世の中の実相に触れてみ」ることで、「歌の本質を見つめたい」という。この本では(続編が既に出版されている)14の歌が取り上げられている。100首を何らかの仕分けをして章立てをするのでなく、ただ思いつくままに料理しているかに見える。平安時代の東北を襲った大地震に関連付けて、津波にまつわるものに始まり、次に「評判の悪い」とされる歌が二首取り上げられている。更には恋の歌がきて、次第に読者は引き込まれていく。編纂者としての藤原定家が凝らした趣向が克明に明かされるとなると、門外漢の身には、大いに興味を掻き立てられる。というしだいで、藤原道長が糖尿病による合併症で悶え苦しみ死ぬ、との最後のくだりまで一気に面白く読んだ▲この春のことだが、その感想を親しい友人の電器商にして作家の諸井学さんに伝えた。彼はすぐさまこの本を手に入れて読んだ。新古今和歌集の研究に長年取り組み、西欧現代文学との比較にも論及する手練れだから当然だろう。その反応に期待していたら、なんのことはない。徹底的にこき下ろす論評が返ってきた。徹頭徹尾切り捨て、「途中でアホらしくなって読むのを辞めた」とまで。いちいちあげているとキリがないので、一つだけ。「心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどわせる白菊の花」という凡河内躬恒の歌について。この歌は、正岡子規が、歌よみに与ふる書」の中で、「一文半文のねうちも無之(これなき)駄歌に御座候」と、一刀両断にしていることで有名な歌である。子規は、初霜がおりたぐらいで白菊が見えなくなることはない、嘘の趣向だと、切り込み、「趣も糸瓜(へちま)もこれありもうさず」と、厳しい▲それをこの著者は、当意即妙の知恵に優れた人だったと、あれこれと守ってやっている。時代背景を述べた上で、「白菊というのはまさに、天皇の紋章。天皇そのものだと見ることができ」、「その天皇の地位が危機に瀕しているという意味が込められている」という。そして「おきまどわせる、のおきには島流しの名所(?)隠岐が隠されています」と。このくだりについて、諸井さんは、「この時代に天皇家に菊の御紋があったとは時代錯誤も甚だしい。菊の御紋は後鳥羽院以降が定説」である、とし、加えて、おきまどわせるのおきは隠岐の掛詞としているのは珍説だとも指摘する。また、私がこの本を読んで、なるほどと感心した「この歌集は50番で二つに折ると、最後のところは天皇・天皇・歌人・歌人とぴったり重なっている」との箇所にも、それでは「5番と6番、95番と96番の関係はどう説明するのか」と噛み付いている。都合がいいところだけ取って「全体を一つの構成にまとめ」ようと、「趣向を凝らしている」などとはいえないというわけである。ここまでいうなら、『間違いだらけの「少年H」』(山中恒・典子)の向こうを張って、諸井さんは『突飛もない解釈だらけの「深読み百人一首」』という本でも書けばと思うのだが。(2020-12-28 一部修正)

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50年経っても〝終わらない旅〟ー大澤真幸『三島由紀夫のふたつの謎』を読む

先月読んだ『三島由紀夫没後50年にコロナ禍の日本を想う』(中央公論12月号)という、大澤真幸と平野啓一郎の対談には随分と啓発された。サブタイトルの「『日本すごい』ブームの転換点」がその中身のエッセンスを言い表している。つまり、三島が生命をかけて訴えたことが、死後50年経って現実のものになろうとしていることをこの若い二人の社会学者と小説家が語り合っているといえる。コロナ禍への日本の対応がいよいよぶざまなものになりつつある状況下で、「すごくない日本」が鮮明に浮き上がってきている。これは現代日本人の多くが薄々気づいていることなのだが、その遠因のひとつが三島由紀夫の遺した言葉にあるとの見立てに、私も首肯せざるを得ない▲これが契機になって、前から気になっていた大澤真幸の『三島由紀夫ふたつの謎』を読んだ。ここで大澤が挙げる「ふたつの謎」とは、ひとつは、なぜ三島がああいう死に方をするに至ったのかであり、もうひとつは『豊饒の海』の最後がなぜ支離滅裂に終わっているのか、である。この本を読む前と後で、謎は解けたかと、自問すると「正直よくわからない」という他ない。大澤は知恵と意匠の限りを尽くして三島の45年の生涯の解明に迫っている。そのこと自体はひしひしと読むものに伝わってくる。だが、第一の謎の答えが「『火と血』の系列に属する論理が作用している」からであり、「鍛え抜かれた鉄のような肉体をあえて切り裂き、血を噴出させなくてはならなかったのだ」と言われても、もう一つ腑に落ちない。また、第二の謎についても「三島由紀夫は、この深い虚無を受け入れられなかった。自らの文学が、そこへと導かれていった何もない場所。救いようもなく深い、最も徹底したニヒリズム。ここから三島は逃避した」というのが、その回答であるという。目を皿のようにして本文中から二つの謎の答えを探しだした結果がこれである▲これまで三島の死のありようについては、私自身は、最も美しい肉体だと三島自身が信ずるに足りうる状態に到達した時に、それを破壊することで絶頂の姿を世間に、歴史に刻印させる選択をしたのだと、思ってきた。また、その文学におけるゴールも、彼自身の思索の行き着いた果てとしての「虚無」と重なり合うものだと、思い込んできた。そうした私の思いと、大澤の謎解きとは微妙にズレがあり、読み終えてなお判然としない。ただ、この本には多くの三島理解へのヒントが埋め込まれており、大いに役立つ。例えば、奥野健男の『三島由紀夫伝説』がしばしば引用されている。未読だったので、早速読むことにした。ここでは、母親から引き離され祖母と暮らした幼年時代がいかに後々の三島に影響を及ぼしたかが克明に描かれている。極めて読み応えがあった▲三島は自衛隊員に憲法改正に向けての蹶起を促し、それが叶わぬと見るや、切腹し首を落とさせた。かつて、日本の未来を憂えて、魂のない単なる経済大国が東洋の片隅に残るだけだとの意味を込めた言葉を遺した。このことを取り上げた大澤と平野の対談に、改めて三島を語る今日的意義を感じる。コロナ禍の中における対応にあって、中国に、台湾に、韓国に遅れをとっていると見られている日本。かつて「日本すごい」と言われた「面影やいずこに」という他ない。三島由紀夫が今登場すれば、ほら、言った通りだろうというに違いないのである。そうさせないために、どう動くか。50年経っても私たちの「三島への旅」は、未だ未だ終わりそうにない。(2020-12-16 敬称略)

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卓越したキリスト者の目から見た師の実像ー佐藤優『池田大作研究 世界宗教への道を追う』を読む

朝日新聞の渡辺雅隆社長が経営赤字の責任をとって辞任するとのことを知った。一連の不祥事の直後に就任されたのが2014年というから、あれから6年が経ったことになる。私が付き合った少なからぬ記者たちの人生を変えてしまった激震だったが、私も長年の間慣れ親しんだ新聞を購読せぬことにし、違う銘柄に替えてから同じ時間が流れたわけだ。もちろん時々図書館でまとめ読みというか、〝まとめ流し読み〟を今もするが、同紙の紙面基調にあまり大きな変化は見られないような気がする。個人的には極めて優秀な記者が多く、あの人ならという社長候補も過去にいたし、今もいるが、そういう連中は埋もれたままのようなのは残念という他ない▲そんな状況を尻目に、同社の週刊誌「アエラ」誌上で、43回にわたって連載されてきた佐藤優さんの『池田大作研究』がこのたび出版された。毎週発売される毎に貪り読んだ私としては、買わずに済ませているが、改めてこの本について取り上げたい。著者は、創価学会による公式文書をもとに、とりわけ『池田大作全集』全150巻と、『新・人間革命』30巻31冊のテキストをベースにしたと言われる。この人の類い稀な記憶力、洞察力、分析力に加えて博覧強記というしかない知的蓄積は世に普く知れ渡っているが、短い歳月にこれだけのものを書く能力に(その前に読む能力にも)ほとほと呆れてしまう。かなり大部のものになっているのは、池田先生の著作からの引用がかなり多いことによる。このこと自体をとやかくいう人がいるが、この引用あらばこそ、門外漢の人たちにとって理解する上で欠かせぬ役割を果たしているといえよう▲この本について私ごときがあれこれ読後録を述べるのは差し控えたい。それよりも、「連載を終えて」と題する作家の澤田瞳子さんとの前後編の二回にわたる対談について触れてみる。これがまた実に面白い読み物になっているのだ。とくに佐藤さんがキリスト教と対比しているところが。創価学会での生活が55年にも及ぶものにとって、表面的にせよ分かった気になったり、当たり前に思ってることがこの人の視点を通じると新鮮に見えたり、新たな気づきになる。一例だけあげる。牧口常三郎初代会長が獄死されたことについて、「おのれ権力」という発想になって「反体制」になるはずなのに、「途中からは、ただ反体制ではなく、むしろ体制化していく。ただし、体制に取り込まれてしまったわけではない。その部分が面白かったんです。キリスト教に似ています」と。そう言われても、キリスト教の歴史に殆ど疎い私など、ああそうか、と思うしかない。今回改めて佐藤さんのこの研究から、キリスト教部分だけを抜き取って勉強する必要を感じるのは私だけだろうか▲もう一つ、深く感じ入ったのは、安倍政権の核廃絶についての姿勢が、この7年8ヶ月で変わったとして、「明らかに、公明党の影響がある」としているところだ。「ナショナリズムが強まり、戦争の危機が強まってくる中において、戦争を阻止する役割を、私は創価学会に非常に期待しているんですよ」という。ここは佐藤さんに一貫している姿勢だが、期待はずれにならぬよう心していきたい。これはご本人も後段触れているように、「核抑止の論理」は論理で外交官としてわかるから、「常に私の中に引き裂かれるような感じがある」のだ。これは公明党の外交安全保障担当者として私自身いつも感じた理想と現実の落差であり、乖離であった。そのあたりを佐藤さんは、「池田大作氏のテキストにも、理念と現実の間で、引き裂かれるような状況をやっぱり感じるわけですね。その中で自分の言葉を紡いでいって、自分の宗教団体を主導していく。やっぱり、宗教って面白いなと思う」述べている。このくだり、果たして自分はどう対応してきたか。引き裂かれる状況をやむを得ぬこととして放置してこなかったかどうか。改めて池田先生の「紡がれた言葉」を再読、吟味せねばと思うことしきりである。(2020-12-9 一部修正)

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