(370)孫娘の成長に見惚れ、深みに嵌るー伊東眞夏『深読み百人一首』を読む

もう幾つ寝ると〜お正月🎵お正月には凧揚げて~駒を回して遊びましょ🎵ー子どもの頃に誰しもよく歌ったものだ。お正月の遊びといえば、かるた取りも加わり、『百人一首』に興じる人たちも少なくない。我が家でも近くに住む孫娘が小学校にあがって、今や4年生だが、去年とはまた格段に腕をあげたようで、もはや爺さんは太刀打ちできない。この一年の間に孫と爺の力の差は大きく開いてしてしまった。というのも先だって手合わせを迫られて、1年生の孫と3人でやったら、7-8割方はこの孫娘に取られてしまった。上の句を母親が読み上げたら、間髪を入れずに「はいっ!」と上体を屈ませ、手を伸ばすのだから。下の句の登場まで待ってる当方は、せいぜい目の前のものを取るのが精一杯だった▲あまりの惨敗に、何とかせねばと思い、手元に『百人一首』本を揃えた。暗記用きまり字一覧付きの『百人一首』と、あんの秀子『楽しく覚える 百人一首』である。昔懐かしい和歌の陣列の前に、ただただぼんやりとイラストを見て、頁を繰ってるうちに日が経ち月が経て、お正月は指呼の間に迫ってきた。もはや諦めるしかない。言い訳やら、違う種類の孫遊びの手立てを考えているところだ。そうした遊びとしてのかるた取りの本とは別に、以前から新聞広告で知って興味を持っていた本を読むことにした。伊東眞夏『深読み百人一首』である。サブタイトルには「31文字に秘められた真実」とあり、大いに読書欲をそそられた▲『百人一首』とは、百人の歌人から一首づつ選んだもので、通常は京都・小倉で藤原定家が選び編纂した『小倉百人一首』のことを指す。概ね平安時代の歌が取り上げられている。著者伊東氏は「歴史の痕跡」に「鍬を打ち込み、歌の底に隠れている世の中の実相に触れてみ」ることで、「歌の本質を見つめたい」という。この本では(続編が既に出版されている)14の歌が取り上げられている。100首を何らかの仕分けをして章立てをするのでなく、ただ思いつくままに料理しているかに見える。平安時代の東北を襲った大地震に関連付けて、津波にまつわるものに始まり、次に「評判の悪い」とされる歌が二首取り上げられている。更には恋の歌がきて、次第に読者は引き込まれていく。編纂者としての藤原定家が凝らした趣向が克明に明かされるとなると、門外漢の身には、大いに興味を掻き立てられる。というしだいで、藤原道長が糖尿病による合併症で悶え苦しみ死ぬ、との最後のくだりまで一気に面白く読んだ▲この春のことだが、その感想を親しい友人の電器商にして作家の諸井学さんに伝えた。彼はすぐさまこの本を手に入れて読んだ。新古今和歌集の研究に長年取り組み、西欧現代文学との比較にも論及する手練れだから当然だろう。その反応に期待していたら、なんのことはない。徹底的にこき下ろす論評が返ってきた。徹頭徹尾切り捨て、「途中でアホらしくなって読むのを辞めた」とまで。いちいちあげているとキリがないので、一つだけ。「心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどわせる白菊の花」という凡河内躬恒の歌について。この歌は、正岡子規が、歌よみに与ふる書」の中で、「一文半文のねうちも無之(これなき)駄歌に御座候」と、一刀両断にしていることで有名な歌である。子規は、初霜がおりたぐらいで白菊が見えなくなることはない、嘘の趣向だと、切り込み、「趣も糸瓜(へちま)もこれありもうさず」と、厳しい▲それをこの著者は、当意即妙の知恵に優れた人だったと、あれこれと守ってやっている。時代背景を述べた上で、「白菊というのはまさに、天皇の紋章。天皇そのものだと見ることができ」、「その天皇の地位が危機に瀕しているという意味が込められている」という。そして「おきまどわせる、のおきには島流しの名所(?)隠岐が隠されています」と。このくだりについて、諸井さんは、「この時代に天皇家に菊の御紋があったとは時代錯誤も甚だしい。菊の御紋は後鳥羽院以降が定説」である、とし、加えて、おきまどわせるのおきは隠岐の掛詞としているのは珍説だとも指摘する。また、私がこの本を読んで、なるほどと感心した「この歌集は50番で二つに折ると、最後のところは天皇・天皇・歌人・歌人とぴったり重なっている」との箇所にも、それでは「5番と6番、95番と96番の関係はどう説明するのか」と噛み付いている。都合がいいところだけ取って「全体を一つの構成にまとめ」ようと、「趣向を凝らしている」などとはいえないというわけである。ここまでいうなら、『間違いだらけの「少年H」』(山中恒・典子)の向こうを張って、諸井さんは『突飛もない解釈だらけの「深読み百人一首」』という本でも書けばと思うのだが。(2020-12-28 一部修正)

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