細谷氏は第三章「我々はどのような世界を生きているか」において、大西洋から太平洋へと舞台は移り、ヨーロッパ中心の国際政治は、アジア太平洋にその焦点が変わったことを取り上げる。その際に、主たるプレイヤーとして新たに登場したのが中国であり、米国の「軍事的な介入主義の伝統が終わりを迎えつつある」との認識を表明している。そこで、日本は、新しい歴史の舞台に立つ国家として、安全保障と国際経済の両面で、中心的役割を担う構想を持て、と鼓舞しているのだ▼現今の国際政治の大きなテーマの一つは、中国の東シナ海と南シナ海での傍若無人な振る舞いへの対処である。先のG 20では、国際司法裁判所による判定に神経をとがらす中国の習近平主席の動向が注目された。この問題で、細谷氏は米国の海軍戦略理論家マハンとオランダの法学者グロティウスの二人を持ち出して「マハンの海」と「グロティウスの海」の対比として描く。前者が弱肉強食の海洋風景を意味し、後者は国際公共財としての海洋事情を表す。中国に対して、今南シナ海や東シナ海でとりつつある態度を改めさせ、法の支配に基づいた秩序を作っていくことこそ、日本の役割だと言うわけだ▼さらに、ロシアと日本の関係という、極めて時事性に富む内容にも踏み込んでいる。安倍、プーチン両首脳の領土、経済の両面からの接近ぶりに、両国関係の画期的好転への期待感が広がる。それにも細谷氏は「希望的憶測から対露政策を進めてはならない」と安易な希望を持つ愚を嗜めている。強固な日米関係と安定的な日中関係があって初めて、日本はロシアに対して戦略的優位にたてるのであり、今のような普天間基地や尖閣諸島問題で、日米同盟に隙間風が吹き、荒れ模様の日中関係では、ロシアの対日譲歩は考えにくいというのである。残念ながらこの極めて常識的な見解に異論を唱える向きはいなかろう▼世界はこれから混沌に向かうのか、それとも安定的な秩序ある方向に向かうのか。これへの結論は、日本外交に理性と規律が国際社会で確立されるよう、ルール作りへの手助けが求められているという。理性ではなく感情を、ルールではなく無法を持って、立ち塞がっているかのように見える中国が相手だ。なかなかに難しい課題だという他ない。(2016・9・11)