先日、読売テレビ系の人気番組『そこまで言って委員会』を観た。財務、厚労、経産、外務などの元官僚8人ほどが出て、いつもながらの言いたい放題だった。ここで注目したのは元防衛官僚で内閣副官房長官補だった柳澤協二さんの登場であった。辛坊治郎氏に司会がバトンタッチされるまでは、殆ど見たことがなかったので定かではないが、彼の登場は初めてのはず。今兵庫県知事選に出馬しているK氏などはかつてこの番組に出ていたもののあまりにひどい発言連発から降ろされたという。テレビ局としてはそこはきちっと自制を効かせているものと思われる。で、柳澤さんについては、彼が現役時代にあれこれと議論し、助けてもらった仲である。これまで彼の本を幾たびか取り上げても来た。防衛庁、自衛隊の後輩連中からは、「裏切り者」との汚名を浴びせる向きもあるようだが、本人は一向に意に介さない。着実にいい仕事をしていると私は高く評価している。それだけに今の防衛省をどうとらえているかの評論の開陳を期待したが、この日まな板に乗せられたのは前記4省だけだった。宮家邦彦氏が元外務官僚として、外務省を擁護すべきはきちっとしていて好印象だったが、防衛省が対象になっていれば、恐らく彼も同様だったに違いない▼その柳澤氏が、伊勢崎賢治、加藤朗の両氏と組んだ鼎談『新・日米安保論』をこのほど読み終えた。トランプ米大統領の捉え方から始まって「尖閣問題」「対テロ戦争」「北朝鮮と核抑止力」「日米地位協定の歪み」「日本の国家像」の6つのテーマをめぐり、彼の問題提起を受けて、縦横無尽に議論している。文句なしに面白く大変に啓発を受けた。尤も、ここでの真摯な議論の展開の仕方に惹きつけられはしたが、結論めいたものには必ずしも同意できない。そのうえで、印象深かったと言えるのは➀対中国観と今後の東アジア情勢にどう立ち向かうか➁日米地位協定の歪みをただすことの意味の大きさの二つである。中国については、その海外展開の実態と、中国主導の秩序下に日本が入ることが平和をもたらす、としていることに驚いた。まず、中国の対パキスタン戦略。「現在国際社会が固唾を吞んで見守るタリバンと対峙する外交フォーミュラは、アフガン政府、パキスタン政府、アメリカ、そして中国の『四者会議』」であり、パキスタンを「陸の回廊」にすべく着々と手を打ってきている中国は、その首根っこを押さえているという▶パキスタンの南端にあるグワダル港への中国の進出ぶりはかねて注目されてきたが、今やインドを封じ込めるに至るほどの実態だという。この港を使うことで、「直接アフリカ市場、アラビア海にアクセス」できるうえ、その上部にある「黒海、カスピ海の石油市場にアクセスする、中央アジアを突っ切るパイプライン」に直結することが可能だというのだ。この中国の現実を「スーパー・パワーとして認識せよ」という伊勢崎氏は「中国がくしゃみするだけで、アフリカ大陸が風邪をひく、つまり地球規模の人道的危機を引き起こす」し、「アメリカの対テロ戦略を左右する影響力がある」ことを強調している。ある程度知ってはいたが、改めてこう指摘されると、日本の存在などこの地域には皆無なだけに焦燥感が募ってこないと言うと嘘になる▶一方で、中国が今のところ武力を使ってアフリカを軍事占領していない事実を指摘し、かつての欧米諸国に比べて非常に非軍事的なことを力説する。そして、東アジアにおいて中国の軍事力に勝てるわけがない日本が、アメリカの協力がえられないとするならば、平和のためには中国的秩序に入ることを認めるしかないことを強調している。そういう流れに日本が唯々諾々と応じるとは考えにくいのだが、突き詰めていけば、そうでなければ、新たなる日中戦争に突き進むしかないことも論理的には分かる。この結論に至る前提としての「日米同盟の危うさ」が述べられているだけに、なかなか説得力がある。また、いわゆる護憲派が「平和」を振りかざすのなら、例えば、「尖閣」での問題勃発にあたっては身体を張ってでも行動をおこせというくだりは興味深い。この加藤発言にあとの二人が「過激すぎる」と言い合うところなど三者の呼吸が面白い。日米地位協定をめぐる問題は、「後の祭り回想記」に書く予定。ともあれ、「日米安保」が新たな局面に直面した今日において、この分野に関心を持つひとにとって、この本は必見だといえよう。(2017・7・1)