今年のビジネス書大賞を受賞し、読者が選ぶビジネス書グランプリ1位に輝く本を読み終え、不思議な達成感に浸っている。何しろ全世界で500万部も売れているというのだから。ユヴァル・ノア・ハラリというイスラエル人歴史学者の書いた『サピエンス全史上下』(柴田裕之訳)である。顔写真からは、飛び切り鋭利で神経質そうに見える。あまりお近づきになりたくない雰囲気の人だ。これを薦めてくれたのは笑医塾塾長の高柳和江女史。とにかく面白いと絶賛されたのが8月上旬。彼女が神戸に来た時のこと。で、すんなりと読んだわけではない。なかなか嵌らず苦しんだ。しかしなんとか読み進められたのは、彼女のお勧め本には外れがないことが大きい。また、認知革命から農業革命、そして科学革命という風に、有史以前から今日にいたる135億年ほどの膨大な期間を大きく三つに分け、「文明の構造と人類の幸福」という命題をざっくりと大胆に料理してくれるていること。それに惹かれて何とか読み終えることができた。すると、そこには、何はともあれ人類の歴史を解った思いにさせてくれる達成感と、意外にも仏教徒の誇りを刺激してくれるものが待っていたのである▼いわゆるビッグバンによって、物質とエネルギーが現れ、物理的現象や科学的現象の始まりから、地球という惑星が形成されるまで約90億年。生物学的現象が始まって有機体(生物)が出現したのは38億年前。ヒトとチンパンジーの最期の共通の祖先が誕生したのが600万年前。ようやくアフリカでホモ(ヒト)族が進化して最初の石器が出来たのが250万年前。さらにヨーロッパ、中東でネアンデルタール人が、東アフリカでホモ・サピエンスが進化したのがそれぞれ50万年、20万年前と言われても、ただただそうかいな、ほんまかいな、気の遠くなるほど前のことやなあというのが精いっぱいの感想。ようやく認知革命が起こったのが7万年前と言われて、ようやく正気になると言ったところか。実はここから本書の著述は始まる。それまでは僅か1ページにまとめられた年表からの類推なのである▶ある意味でこの本の構造は簡単だ。要するに人類が地上に棲むすべての生き物を殺戮してしまい、残るのは人類と家畜だけになるという「予言」なのだ。そして、科学革命の行きつく先は、科学者たちが脳をコンピューターにつなぐことで、心をその中に生み出そうとしている、それをこのままいくと誰も止められないのではないのかという「警告」である。この予言と警告はこれまでもいたるところで繰り返されてはきた。しかし、この本ほど系統だてて書いたものはあまりないので、効き目がなかった。しかし、この本はビジネス書の体裁をとってるがゆえに、初めて人類の「傲慢」とでもいうべき罪深き特質を叩きのめしてくれるかもしれない▼最後の「文明は人間を幸福にしたのか」と「超ホモ・サピエンスの時代へ」の2章がとくに関心を持って読めた。わたし的にはこの2章、特に前者を幾たびか読むことで十分にこの本の値打ちが分った。結論はこれまた簡単だ。人類の歴史理解にとって最大の欠落は、「社会構造の形成と解体、帝国の勃興と滅亡、テクノロジーの発見と伝播」といった歴史上の数々の問題が「各人の幸せや苦しみにどのような影響を与えたかについては、何一つ言及していない」ということに尽きる。しかも、著者は、人間の幸せは「汝自身を知れ」との言葉がカギを握っており、これは裏返せば、普通の人々が真の幸福については無知であることを意味するとしている。そして「特に興味深いのが仏教の立場だ」として、己が心を自身で操れる方途としての仏教に強い期待を措いている。ここは我が意を得たり、というのが日蓮仏教の徒である私などの受け止め方だ。「心の師となるとも心を師とせざれ」という日蓮大聖人の簡潔な一文を座右の銘とするものにとって極めて分かりやすい結論であった。こう結論付けるといかにも我田引水的に受け止められるかもしれない。勿論、それを現実のものにできるのは、単に頭で理解するだけではなく、お題目を唱えるとの行為が裏付けとなっていることを知らねばならないのだが。(2017・9・29)