(227)「賢者は自らを律し、愚者は恣にする」──丹羽宇一郎『死ぬほど読書』を読む

 丹羽宇一郎『死ぬほど読書』──この本を読むかどうか、いささか悩んだ。今さら読書について読むのかよ、いい加減にしときな、との声が我が脳中に去来したからだ。だが結局読む羽目に。一つはタイトルに、今一つは彼が元中国大使だったことに惹かれた。丹羽さんは民主党政権時代に中国の大使になられ、あの「尖閣問題」騒ぎの際に日中間の渦中にあったことは周知のとおり。あまり目立った業績は挙げられなかったとの印象が強いが、帰任後『中国の大問題』『戦争の大問題』など時事的テーマで矢継ぎ早に出版され、今度は読書論。これも『読書の大問題』とでもして、異なった角度で書いてほしかったと思わないでもない。

 この人は昭和14年生まれ。企業人として中々の辣腕家との評が高い。しかも相当の読書家との誉れも高い。民間人として鳴り物入りの大使起用だった。偶々衆議院外務委員会に私が所属していた頃で、赴任される直前に同委理事会メンバーと一緒に懇談した。別れ際に何でもご注文あらばメールください、返事しますとのことだったので、その後の問題発生の最中に送った。しかし、不幸にも、為しのつぶて。お忙しかったのだろうが、返事が欲しかった。

さてこの本を読んでの感想は、特に若い人にはお勧めしたい。読書に関する本を数多読んできた身にとって、期待したのは二つ。一つは死ぬほど読書したという具体的体験論。もう一つはそれをどう身につけられたのかという具体的方法論。残念ながら、どちらも平凡の域を出なかった。尤も、そういうことは、多くの論者によってもう出尽くしている。今も私の記憶に残るのは井上ひさしさんの色鉛筆の使い方や、橋本五郎さんの「二回半読む」というやり方。佐藤優さんの集中的読書の後、一定の時間が経ってからの読み直しなどなど。ただし、丹羽さんが文中、さりげなく触れられたり、あるいは勧める本は歯応えがありそうなものばかり。アレクシス・カレル『人間──この未知なるもの』、横井清『中世民衆の生活文化』、オウィディウス『アルス・アマトリア』、西岡常一『木のいのち木のこころ』、エリック・ホッファー『現代という時代の気質』、『大航海時代叢書』全42巻中の25巻など。私の書棚には勿論ないし、これからの読書計画にも入ってこないに違いない。

読書録に書くにあたって、改めて読み返すと、やはりこのひと、ただ者ではないことが分かる。特に、世に「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」というが、「私は怪しい」と思うとされ、「賢者は自らを律し、愚者は恣(ほしいまま)にする」と言い換えたいとしているくだりは興味深い。「歴史は繰り返す」ことからすると、いかに賢者であっても歴史から学ぶことは難しい、と。平々凡々な私など「どちらも正しい」と思ってしまう。最後に、著者の意向で、この本の印税は「伊藤忠兵衛関連の資料保全のため『滋賀大学経済学部附属史料館』と、中国から日本への私費留学生への奨学金として『公益社団法人日本中国友好協会』に、全額寄付されます」とあった。凄い。これは。さすが名だたる経済人。これまで丹羽さんを斜視に見がちであった私の目からうろこが落ちた。

さて来週からフランス、ドイツ、ベルギーと訪問することは既に前回書いた。実はパリで木寺昌人大使と会うことにしている。一緒に佐藤地ユネスコ大使とも。この二人は私が現職の頃に大変にお世話になり、親しくさせて頂いた。木寺さんは西宮元中国大使が急逝されたあとのリリーフ。フランス大使には横滑りだったので帰任祝いもなく、送別会どころでもなかった。「分断」が懸念される世界にあって、「中華思想」の双璧ともされる中国とフランス両国に通暁するこのひとに、あれこれと訊いてみたい。また、佐藤地さんは、先般「明治日本の産業革命遺産」への記載決定にあたって話題を提供したひとだけに、後日談を聞いてみたい。

【他生のご縁

丹羽宇一郎さんとの出会いはここに書いたように、衆議院外務委員会理事会懇談会の時だけ。メールをいただければ、と言われたからしたのに、返事は来なかったと恨みがましい自分が哀れに思えてきます。恐らく激務でそれどころじゃなかったのでしょう。ないものねだりは私の常ですが、執念深さも加わりそうです。尤も、何を書いたか忘れてしまっているのには我ながら笑えます。

 一方、中国大使ののち、フランス大使に転じた木寺昌人さんは、実にこまめに対応してくれたことを称賛にあたいします。パリに赴いた私の友人たちの大小様々な要望を聞いてくれました。それもこれも、過去の繋がりがなせるわざ以外何ものでもありません。人との交流にあたり自省するところ大です。「人の振り見て我が振り直せ」とは、遠い昔に親から聞いた教えです。

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