(247)「戦後」が「戦前」に繋がらないためにー鴻上尚史『不死身の特攻兵』を読む

「僕はどうしても、この人の生涯を本にしたかった」-日本劇作家協会会長の鴻上尚史さんの本を感動と共に読み終えた。『不死身の特攻兵』である。ここで描かれたのは「必ず死んで来い」と上官から言われ、9回出撃しながらもそのつど生還し、92歳まで生きた佐々木友次さんという元特攻兵。新聞の書評欄で見たもののあまり気乗りせずに放っておいた。そこへ笑医塾の高柳和江さん(元日本医大准教授、小児外科医)から、「ぜひ読んでみて」と送られてきた。「特攻」ものは友人の息子で戦史家の畑中丁奎『戦争の罪と罰 特攻の真相』を先年読んでおり、気にはなるものの暗い中身が予想され、引くところがあった。が、高柳先生のお勧めには外れがないし、据え膳食わぬわけにもいかぬ思いでページを繰った■いやはや読んでみると息を吞み続けるど迫力。冒険推理小説を思わせるほどの運び方の巧みさ。直ぐにひきこまれた。先週の読後録(『敗者の想像力』)で紹介したように、我々戦後人は「すくすく育ちすみやかに老いた」。ものごころついた頃には高度経済成長の真っただ中。中年期には「バブル絶頂」。貧富の差はあれども、基本的には豊かな生活を享受してきた。そしてあっという間に高齢者から後期高齢者の長蛇の列に並びかけている。そんな「戦争を知らない老人」たちは、あの7年間の占領期さえも自覚せずにやり過ごしてきた。召集令状に戦慄した若者や家族たちから70有余年。今では、血液検査票に一喜一憂の日々だ。そんな私たちのついひと時代前の特攻兵。同じ日本人として彼らの血涙と苦悩を解っているのか。鴻上さんの仕事は、戦後を呑気に生きてきた老人たちを生前の修羅場に連れ戻す■「帰ってきた特攻兵」ー不遜な言い方になるが、興味津々のテーマである。90歳を超えて目の光を失った元特攻兵へのしつこいまでのインタビュー。奇跡というよりも運を文字通り天から招き寄せた体験の数々。「人間は、容易なことで死ぬもんじゃないぞ」-日露戦争の激戦を生き抜いた父の言葉が繰り返し頭をよぎり胸に迫る。その強い確信を胸に、好きで好きで仕方のない大空を明けても暮れても飛んだ。理不尽そのものの戦地にあって、佐々木さんの言動は驚くほど冷静で強く逞しい■特攻をめぐる本は夥しいほど出版されている。最終章「特攻の実像」はあたかも文献解題の役割を果たしており興味深い。「すくすく育ちすみやかに老いた」元政治家の私も、特攻については殆ど知らずに定番の”美化的風潮”に冒されてきていた。辛うじて50歳代前半に広島・江田島の海軍兵学校跡地や鹿児島・知覧基地に行き、当時の雰囲気を齧って知ったかぶりをしていただけ。そんなわが身がただ恥ずかしい。全軍特攻化を強いた連合艦隊参謀に徹して拒否した、美濃部正少佐。その姿は眩しいまでに光る。それに比し嘘をつくことに躍起となった上官たち。戦後長く生き続けた彼らの事実の数々は重く悲しい。そして大衆に受け、売れるから戦争を煽って書いたメディアの実際も。戦後70数年。「ここまで来て、ようやく冷静に『特攻』を考えられるようになった」と。「戦後」が明確に終わらぬまま新たな「戦前」の匂いが漂う今、極めて重くのしかかって来る言葉だ。(2018・3・10)

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