作家・筒井康隆氏による「現代語裏辞典」では、「凝り性」の項には、「柳瀬尚紀」とだけあるとのこと。先に紹介した『日本語は天才である』を読んだ際にも、つくづくこの人こそ「日本語の天才である」と思ったものだ。言葉というものに凝りに凝ってこだわった人生を歩んだ人だ。残念なことに2年前の7月30日に鬼籍の人となられた。その日本語の達人が中学校で特別に授業をした記録が、河出書房新社の尽力で、そのまんま本になった。これは日本語と英語の授業ともなっていて、実に面白くためになる。と同時に、いったい自分はどこで間違ってしまったのか、と深い反省に陥らせられる■ここで収録されている授業は、長浜市立西中学校、久留米大学附設中学校、島根県美郷町立邑智中学校の三校とPTA対象の番外編。色々と興味をそそられる場面が数多いが、一つだけ例を挙げる。「車で」は英語でなんていうか?「by car」。では、「彼の車で」は?「by his car」と答える生徒たち。実はこれ、正解は「in his car」。ここのやり取りは実にうまい。「人間は間違えて覚えるんです。どんどん間違えて、そして覚えていく。英語にかぎらず、日本語でも、どんどん間違ってかまわない。間違えて覚えるんだという自信をもってください」この授業を受けた中学生たちは宝物を掴んだに違いない■柳瀬さんはこうした授業の中で、分からない言葉と出会ったら、辞書を引くという最も基本的なことを強調。驚くべき体験を披露している。小さな国語辞典を丸暗記したというのだ。国語辞典一冊が真っ黒になって「完全にぶち壊れ」るまで読んだという。私なんか、幾たびか挑戦したものの、ほんの数十ページで挫折してしまった。日本語では『新明解国語辞典』(三省堂)を推奨しているが、なるほどこの本(辞典と呼ばずに)は一味違う。「凡人」の定義には唸ってしまう。たんに平凡な人間ではなくて、「自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響力が皆無のまま一生を終える人」ーこう読んで、俺は凡人ではないな、とほくそ笑むと、そのすぐあとに、「俗人」の定義が。「それにしても世の中には俗人になりたがるのが多いですね」と。ギャフンとなる他ない■英語の辞書では、齋藤秀三郎の『熟語本位 英和中辞典』(岩波書店)を、「全ページ赤鉛筆の線だらけに」して、「ヨレヨレになり、手垢にまみれ、くさくなるほど読んだ」と。これは私も高校時代に手元に置いた。しかし、今ではどこへ行ったかわからない。意欲を燃やしてページを繰った日は遠い昔のかなたに散ってしまっている。この授業は、私のようなかつての真面目少年がやがていつの間にか、俗人に成り果てた経緯を思い起こさせる。改めて「少年老いやすく学なりがたし」を突きつけられる、実に罪深い本である。そのくせ、「『ロアルド・ダール コレクション』がめっちゃおもしろい」とか「筆者が手がけた『完訳 ナンセンスの絵本』」やら、『ガリヴァー旅行記』を何度目かの通読をしたといったくだりに出くわすと、ついメモってしまう。「今更」っていう気持ちが起こるが、その都度、「生きてる限りは青春だ」と我が身に言い聞かせて。尤も、青春って、「[夢・野心に満ち、疲れを知らぬ〕若い時代」なんだけど。(2018-7-7 )