「陽が昇り始めた。砂漠が赤く染まり、まるで血の海のようだ。その中に五千名以上の難民集団が息を殺して潜んでいる。」ープロローグはアメリカ・メキシコの国境風景から始まり、エピローグは「ジェット機は飛び立った。眼下には緑の世界が広がっている。」と、中米のコルドバ空港の描写で、高嶋哲夫『紅い砂』は終わる。映画化が期待される中で執筆されたというだけあって、映像が目に浮かぶ。最初に躓かなければ一気に読ませる。極めて面白い冒険政治革命小説だが、著者がこの人だと一転、預言の趣きが漂うから不思議だ▲ちょうどつい先日、中米・ホンジュラスの移民集団(キャラバン)約二千人が、北隣のグアテマラに不法入国し、メキシコを経てアメリカに向かっているとのニュースが伝わった(10月4日付サンパウロ発毎日新聞)ところだ。アメリカでは、既に3月下旬に国境を閉鎖し、入国を制限、不法移民の取り締まり、強制送還業務を強化している。この小説の時間設定は少し後。高さ9mにも及ぶ「ザ・ウオール」と呼ばれる壁(断面が縦3㌢、横10㌢の鉄杭)が15㌢間隔で数十㌔に渡って造られていることになっている。トランプ大統領就任直後から話題になったテーマを基に、すかさず小説を書いてしまった著者はさすがだ。先のニュースの先行きがにわかに気になってくる▲小説では冒頭に「ウォールの虐殺」と呼ばれる悲劇が起こってしまう。やがて、その前線での責任者・陸軍大尉が、ある〝密命〟を帯び、コルドバへ飛び、囚われの身になっている反政府側のリーダーである学者の救出に向かう。独裁政治の圧政と麻薬組織の残虐行為に苦しむ庶民大衆。その人びとが憎むべき「ウォールの虐殺者」と一緒になって、圧政者を倒す「革命」に参画するという劇的な過程が克明に描かれる。グイグイと引きつけておいて、最後のどんでん返しで一気に読者にカタルシスを感じさせ、満足させるとの手法は、これまで私が読んだ同じ著者による『首都感染』『首都崩壊』とはまた一味というより、七味くらい違う趣きがあって、惹きつけられる▲国境に壁を造ることが難民の虐殺を招くが、その悲劇の背後に圧政者の謀略があったとの筋立ては興味深い。コロナ禍は残念ながら織り込まれていないが、どこまで預言が的中するか。悲劇的側面を慮って事態が変化するか。それとも、希望的側面に期待して事態が進むか。読んだものだけが味わえる明日の世界への想像が膨らむ。実は先日、著者の高嶋哲夫さんと、同書の解説を担当しているロバート・エルドリッジさん(政治学者)らと一緒に神戸・北野坂で懇談・会食する素晴らしい機会に恵まれた。ここで披露するには憚られるエピソードもあったが、この本が大ブレイクすれば、公開することを私は勝手に約束したい。是非ともこの本が多くの人に読まれるようご協力をお願いする。なお、著者への私の注文を最後に。登場人物の一覧を付けて欲しいということと、ヒロインとヒーローの絡みが思わせぶりなだけで終わってるのは読者のからだによくないですよ、と付け加えておきたい。(2020-10-6)