行動する学者による憂国の外交指南ー北岡伸一『世界地図を読み直す』を読む

国連大使を経てJICAの理事長だった東大名誉教授の北岡伸一さん。彼と私は、これまでに僅かだけれども重要な接点があった。一つは憲法をめぐる政治家と学者の座談会(読売新聞主催)でご一緒して、「場外衝突」したこと(幾度か書いているのでここでは割愛する)。もう一つはこの人の出身地である奈良県吉野町に行った際に弟君の北岡篤町長(今は退任)としばし懇談したこと。前者でこの人の心意気を感じ、後者ではこの人の出自を知った。『世界地図を読み直す』を読み進めるうちに、この二つの出来事を懐かしく思い出す記述に出会った。この本は、行動する憂国の学者・北岡さんがJICAの理事長として世界の各国を訪問された際の行動録である。昨年亡くなられた劇作家で文明批評家の山崎正和さんが「知的な俊英であるだけでなく、教養豊かな文化人」である北岡さんの「まなざしが各国をそれぞれ個性的に捉えて」おり「魅惑的だ」(毎日新聞「読書欄」2019-6-23付け)と推奨されたように、日本の行く末に示唆を与えてくれる極めて重要な外交指南書である。国際政治と日本の関わりに関心を持つ全ての人たちにお勧めしたい▲北岡さんは、日本外交が対米、対中、対韓といった二国関係に偏りすぎていたことが行き詰まりの背景にあるとして、その立脚点を定めるべきだという。つまり、日本の外交は利害の調整ばかりに終始して、どこに立って何を目指すのかが分かりづらいと指摘しているのだ。このことを「はじめに」でおさえたうえで、「おわりに」の末尾に、日本の理念は「非西洋から発展した歴史を基礎に、民主主義的な国際協調体制を、それぞれの国の事情に応じて支援していくこと」であり、「それを自覚し、言語化し、発信し、かつ戦略的に行動すること」が日本外交の大方針ではないか、と結んでいる。これまで訪問した108カ国(JICAの理事長としては50カ国)のうち20カ国を取り上げて、それらの国々の分析と、日本との関係について考察をしており、読み応え十分な知的興奮を覚える面白い内容になっている▲冒頭(序章)に掲げられた「自由で開かれたインド太平洋構想」を、まず「日本の生命線」と捉えていくとの観点は大事だ。これは、中国の「一帯一路」に対抗する戦略といった次元ではなく、「インフラのみならず、信頼関係の構築であり、人づくりであり、自由と法の支配」を中心とする、死活的に重要な構想だという。その中で、「途上国の若者には、日本に来て日本の近代化や開発協力の経験学んで欲しい」として、JICA開発大学院連携への期待を述べておられることが、大いに注目される。第一章から第五章までの20カ国をめぐる記述は、私としてはベトナム一国に行ったことがあるだけで、あとはいずれも未知のことばかり。尤もこのうち、親しい友人が過去に大使をしていた、マラウイ(野呂元良大使)と東ティモール(北原巌男大使)のくだりには惹きつけられた。マラウイには「本当に貧しいアフリカ」があり、「青年海外協力隊が最も多くの犠牲を出した国でもある」ということを知って、驚いた。友人の苦労が偲ばれた。また東ティモールについては、日本がかつて強い関心を持ったのだが、今は「孤立した民主主義国」であり、地域の連帯からも外れているようだという。「日本のパートナーとして押し立てていくべき」で、「国益判断に立った外交イニシアティブが必要だ」との見解には、焦りを伴って共感する▲圧巻は終章の「世界地図の中を生きる日本人」。現在の国際会議がどのように行われているかをめぐって、ご自身の体験も交えての極めて興味深い内容だ。そのうち、韓国のカン・ギョンファ外相について「英語はうまいし、合理的で、グレー・ヘアーが魅力的な女性で」、「彼女の能力は評価している」と、ベタ褒めのところには思わずニヤリとした。美人は得するなあと、改めて思ったしだい。また、中曽根元首相の「昭和の岩倉使節団」についての記述には深い憂慮を感じざるを得なかった。「経済は長い停滞を続け、少子化が進み、巨大な政府債務が蓄積してしまった」日本は、「進歩を遂げたのだろうか」と自問し、「大きな問題に優先順位をつけ、時には妥協して前に進むべきだった」し、「進歩しないうちに、いつしか国力の停滞が深刻化しているのではないか」と憂えている。最後に、島根県隠岐・海士町について、「日本にあるフロンティア」としての取り組みを印象深く紹介しており、興味深い。かの後鳥羽上皇が流されたこの地に必ず行こうとの思いを改めて強く抱くにいたった。(2021-1-22)

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