反薩長史観に貫かれた講談調の『幕末史』ー半藤一利(75)

新しい年が明けた。ことしも旺盛に読書に取り組みたい。年明け早々の日経新聞3日付けの一面下の三段広告に「日本経済新聞目利きが選ぶ今週の三冊 12月3日付けで5つ星獲得、井上章一氏評 佐々木克『幕末史』」とあったのが目を惹いた。今年はNHKの大河ドラマに松陰の妹・文をヒロインにした『花燃ゆ』が放映されるから、去年の黒田官兵衛・戦国史から,再び「維新・幕末史」かと、の思いがこみあげてきた。駅前の書店を覗くと、さっそく松陰もの、維新関連本のコーナーが設けられていた。しかし、そこにはお目当ての佐々木克『幕末史』の姿はなく、半藤一利さんの同名の著作が置いてあった。というわけで仕方なく、古い方の『幕末史』から取り上げてみたい(佐々木さんのものはそのうちに)▼半藤一利さんといえば「歴史探偵」の異名を持つ、元「文藝春秋」編集長にして、今は評論家であり作家だ。このひとの『幕末史』は7年前に出版されている。その直前に出た『昭和史』と同様に、少人数の人たちを前にしての「張り扇の講談調、落語の人情噺調」のようなものである。講談調,落語風で極めて読みやすい。前にも触れたことがあるが、この人の娘婿が私の友人で元産経新聞の政治部長北村経夫氏(現在、参議院議員)だ。彼の紹介で半藤さんとも十数年前だがお会いし、ひと夜あれこれと懇談させてもらった。話の中身はほとんど覚えていないが、開口一番「あなたはずいぶんとくだらない本を沢山読む人ですねぇ」と言われたことだけははっきりと覚えている。会う前に私の『忙中本あり』をざっと見られたのだろう▼半藤さんは、この本の主題は「いわゆる皇国史観(薩長史観)に異議を挟みたい」ところにあり、「(戊辰戦争で)西軍の戦死者は残らず靖国神社に祀られて尊崇され、東軍の戦死者はいまもって逆賊扱い」なのは不条理だから、その無念を晴らしたいと「あとがき」でも述べている。彼は越後長岡藩出身の父を持つだけに「賊軍」の汚名を着せられたうらみが根強くあるように思われる。「西郷は毛沢東と同じ」だとか「龍馬には独創的なものはない」などといった定説とは違った見方を提示されると、多義的な歴史の一端を知ることができるようで面白い。例えば、明治維新をどう見るかという一番の根本のテーマでも、半藤さんは「維新」という呼称はおかしい、単なる徳川幕府の瓦解だというし、ほとんど無血革命に等しかったと見る指摘があるのに対して、暴力革命だったと言い切る。この辺り、世界史の視点を含め、公正な見方をすべきだと、薩長、反薩長いずれにも与さない私などには思えてならない▼ただ、事実として、明治の世になった時点で、西軍と東軍のいずれに属していたかで、藩の運命が大きく分かれたことは銘記しておく必要がある。県名と県庁所在地が違うところが17県あって、そのうち14県が朝敵藩だったというのは、新政府の考え方を示していて、えげつないほど露骨だ。私の生まれた地・姫路などそれまでの力からすると、姫路県であるべきなのに、飾磨県にされてしまった。後の兵庫県の中心からも外され、今に至っており、長年の発展の遅れと決して無縁ではない。半藤さんはこうしたエピソードをふんだんに持ち込み、歴史を独自の視点で検証していく。『幕末史』を読んだうえで今度会うと、「くだらない本をやっぱりよく読んでるねえ」ってまたいわれるかどうか。新聞記者から政治家になった娘婿に、また会わしてくれと頼んでみよう(2015・1・6)

【半藤さんとはここで書いたように、 少々劇的な出会いがありました。実は、くだらない本を沢山読む人だと言われた私はいささかムッとしたのです。それで、引き下がらずに、私は政治家の資産公開よりも、どんな本をどう読んだかという、読書録公開といった資質公開が大事だと思うんです。いかがですか?と、突っ込みました。半藤さん、それには「それはそうですねぇ」と同意されました。「だから、つまらない本を読む人は資質が低い」という方向に、話題は流れなかったのは幸運でした。

この人のものの考え方で、私が興味を持って影響を受けたのは、「日本社会40年変換説」です。明治維新から40年ごとに、大きな浮き沈みを経験して来た日本近代を大掴みにする捉え方に嵌りました。半藤さんだけでなく、色んな人が様々な切り口で、この問題を論じているのは知っていますが、一番わかりやすいのが半藤説でした。一時はあちこちで、喋ったり、講演に使ったものです。

亡くなられる直前に、『戦争というもの』を書かれたのですが、その編集から本作りの大枠を孫娘に託されたというのはこの人らしい着想だと思います。お元気だったら、拙著『77年の興亡』について読んで欲しかったものです。「あなたは読むものだけでなく、くだらない本も書くのですねぇ」と言われたかもしれません。(2022-5-20)】

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