【23】2-⑦ 微に入り細を穿つ分析━━宮家邦彦『米中戦争ー驚愕のシナリオ』

◆「知的体力」を求められて

 宮家さんとは、彼が安全保障課長時代によく付き合った。というか、しばしば教えを乞うた。役人と政治家の関係は、野党時代には叩く相手と見ていたが、与党になってコーチと化した、というのは私の勝手な思い込みだろう。色んなタイプが双方にいて、人には相性というものがある。彼とは妙にウマが合った(と私は感じた)。彼が中国に赴任した後、本省に戻ってきてしばらく経って、「これ書いたんだけど見てくれる?」と、大部の原稿の束を渡された。嬉しかった。優秀なコーチと平凡な選手の関係が瞬時逆転したのだ。読んだ印象は‥‥。後に退官し、著述家として大成した彼だが、あの時の原稿は未だ陽の目を見ていないはず。

 この本は宮家さんの「米中戦争」もし起こりせば、についての「頭の体操」を披歴したものだ。〝物書き〟にも当然ながら様々なタイプがいる。大別すると、読者に寄り添う人と、突き放す人に分けられよう。前者は教育者型、後者は研究者型。宮家さんは後者タイプだが、「米中戦争の抑止」の方法について説いたこの本は精一杯教師になろうとの努力が窺える。いやに長い「はじめに」(約30頁)の冒頭部に「筆者の如く『知的体力』に自信ない向きは、この『はじめに』だけお読み頂きたい」ときた。全11章の詳細な説明が続く。そして最後に、「本書はやや複雑な構成になっており、精読するにはある程度の『知的体力』が求められると思うからだ。『読む』のも大変だろうが、知的体力の劣る筆者にとって『書く』のは一苦労だった」と。ここまで読んで、投げ出したくなった。

◆「意外に常識的な結論」に安堵

 だが、思いとどまった。普通読み辛そうな評論集の場合、後から前にと逆に読むとわかりやすいケースが多いので、それを試みようとした。だが、この本、それが通じない。よけいに歯が立たないのだ。そこでもう一度「はじめに」に戻り、精読した。そして、一つの章の説明を読み、本章に進み、また「はじめに」に戻り、次の章の中身に触れ、という面倒な作業を繰り返した。この手法でほぼ半分の5章まで読み進み、ようやく開眼する思いになった。「第5章は本書の核心である」との記述に励まされ、その章を読み終えた。「今筆者が懸念するのは、台湾について習近平政権が、1930年代の日本と同様、『いきおいと偶然と判断ミス』に基づく誤った政治判断を繰り返し、国際情勢につき客観的な判断が出来なくなる可能性だ」──この中国の誤算が、各国の政治家の誤った政治判断のサイクルを誘発し、「抑止」を不能とする恐れがある、という。逆に言えば、誤算がない限り「抑止可能」かと、少し安心した。

 このあと著者お得意のマトリックス分析手法が繰り返され、二つの大国間で起こりうる「軍事対立の見取り図」が描かれていく。軍事オタクならぬ情報分析オタクの向きには堪えられない魅惑的タッチで、本書後半は推移していくのだが、「知的体力」どころか「体力」そのものに自信のない私は軽く流さざるを得なかった。で、最後の最後に、「これだけ精緻な分析を行なった割に、筆者の結論は意外なほど常識的なものとなった」という結論の前触れがきて、「要するに、台湾と米国が現状維持のため最大限の『意図』を持てば、中国による台湾武力侵攻を阻止することも不可能ではないということだ」と、終わる。

 知的体力の消耗を一気に補う、強烈な健康ドリンクを飲んだような錯覚を覚える。ここに至るまでの労作業をするか、しないかが極めて重要なのだが、著者の優しい心遣いで、〝落ちこぼれ〟も救われるのだ。そういえば、宮家さんが、私の今回出版した『77年の興亡──価値観の対立を追って』に送ってくれた推薦文に「戦略的読書人」とのフレーズがあった。私の読書作法を見事に言い当てられた思いがする。

【他生のご縁 毎日新聞Webサイト『公開情報深読み』】

 現役の時に付き合った官僚たちの中で、辞めてからいまも付きあっている数少ない人が宮家邦彦さん。『77年の興亡』の帯に推薦の言葉を頂いた。彼の著作を取り上げた私のブログ『忙中本あり』を読んで、いたく感激してくれると共に、「こんな素晴らしい書評を書いてくれる方は滅多にいませんね」とメールを頂いたのです。そして、毎日新聞サイト版『政治プレミアム』の「今週の公開情報深読み」欄に寄稿してくれたのには、こっちが驚いてしまいました。

 ウクライナ後の世界を深読みする、との見出しで私の本の書評めいたものが書かれていました。冒頭に、私について「外務省時代に『ウマのあった』数少ない政治家のひとりで、意見は違っても、常にその視点に一目を置いていた『老師』だ」と。中国風に単なる先生と呼んでくれたのでしょうが、日本人的には「老いた師」という、いささかすわりが悪い表現がマジ過ぎて気になりました。

 中身は、私の中道論について、示唆に富む議論を展開してくれており、大いに啓発されました。ただし、中道を中立に置き換えて、国際政治の動向分析に使う試みには私的には異論あり、で今後の議論に待たねばなりません。ともあれ、過去を共有する懐かしい友人です。

 

 

 

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