読売新聞の読書欄の冒頭のページはそれなりにためになるものが多い。読者からの要望に応えて担当の識者がそれぞれ適切な本を紹介している。今年の初め頃に、「夫婦揃ってリタイアしたが、二人の間に会話がない。このきずまりを埋めるようなウイットに富んだ会話を指南してくれる本はないか」という問いかけが掲載されていた。作家の佐川光晴さんが、武田泰淳の『目まいのする散歩』を読めばと、勧めていた。「夫婦のやりとりを描いた傑作」だというので、早速買いおいていた。選挙のさ中に新快速電車で姫路・神戸間を往復する間に読んだ。当方も疑似的単身赴任が終わり、一緒に生活することが殆んどとなった今、決して夫婦の間で楽しい会話が展開されているわけではない▼8編の散歩にまつわるお話にことよせた小説風読み物で、野間文芸賞を受賞したという。武田泰淳という作家は、『司馬遷』『ひかりごけ』『森と湖のまつり』などの作品で知られるが、私は今まで殆んど読んでこなかった。この本は「近隣への散歩、ソビエトへの散歩が、いつしかただ単なる散歩でなくなり、時空を超えて読む者の胸中深く入り込み、存在とは何かを問いかける。淡々と身辺を語って、生の本質と意味を明らかにする著者晩年の名作」という触れ込みだ。ウーン。浅い読み方しか出来ぬ私のような者にとっては、あたかも別の本の紹介のように思われ、思わず笑ってしまう▼これが書かれた当時、著者は赤坂に住んでいてしばしば散歩に出かけたところが、明治神宮、武道館、代々木公園。そして荻窪、阿佐ヶ谷界隈あたり。私の宿舎は赤坂二丁目にあったし、青年期に歩き回った杉並区下井草や中野区鷺宮周辺が懐かしく思い出された。武田さんは病後間もないころに夫婦であちこちと散歩した様子を描いているのだが、どうしても気になるのは、夫人(作家の武田百合子さん)の方だ。この人、およそ常軌を逸した呑兵衛(女性だから呑み子というべきか)であったようで、惜しげもなくその酒乱ぶりが描かれている。極めつけは、大学教授の友人のうちで酒を呑んでいて、しばしば意識不明になり、悪行のかぎりを尽くす。たとえば、こうだ。「女房は無意識のまま、吐きつづけ、それから座ぶとんの上に、おしっこをした。『あらあら大へんですこと』と、奥さんがびっくりして、自分の下着をとりだして、女房のぬれたパンツをぬがせ、別のパンツをはかせてくれた」とある▼実名入りの話だ。架空のことだと思いたいが、実は違う。作者本人があれこれと妻の乱行を描いたうえで、「この原稿は、当の彼女が筆記しているくらいだから、プライバシー問題は発生しないと思う」とかっこつきでわざわざ但し書きをしているくらいだから。全編こういう調子で面白いことは請け合い。ただ、妙なところもある。「鬼姫の散歩」なる6章の終わりころに、突然ながら公明党がらみの話が出てくるのだ。「公明党が天下を取ったら、威張りだすんじゃあないかなあ。創価学会のスポーツ大会なんかみると、おっかなくなるなあ。公明党の代議士は、みんな同じような、つやつやした顔つきで、同じようなべったりした髪型、同じようなしゃべり方をするのは気にくわない」と、全く旧態依然とした公明党評価だ。こんな御仁に褒められたら却って恥ずかしいのだが、よくぞ平気でこんな認識を書いて残すものよ、とこの武田夫婦には哀れを催すばかりである。(2015・4・5)