(93)ハトはエサのないところには現れないー薬師寺克行『激論!ナショナリズムと外交』を読む

 このところ政治の右傾化が顕著だとの指摘が専らだ。確かに安倍首相の再登場いらいの言動を持ち出さずとも、保守勢力の動きが論壇を中心に活発だ。「自社対決」が花盛りの頃に「保守対革新」のガチンコゲームを見続けてきたものにとって、社会党の没落から消滅を経て、民主党の中に潜り込んだかに見える残党たちの影が薄いことには哀れすら催す。同時に保守の中における穏健派もこのところ姿が見えない。かつて自民党の中で安全保障をめぐって「ハト派対タカ派」といわれた対決の構図さえ見られないと言われる。ハトの姿が見えず、タカばっかりだというのだ。このあたりの背景を探る面白い本に出会った。元朝日新聞政治部長で、今は東洋大学教授の薬師寺克行さんの『激論!ナショナリズムと外交』である。サブタイトルに文字通り「ハト派はどこへ行ったか」と付いている▼薬師寺さんとは残念ながらお互いの現役時代には面識はない。朝日新聞の敏腕記者たちとは、船橋洋一氏を筆頭に付き合いは少なくないのだが、このひととはその機会がなかった。というのは薬師寺さんが公明党の担当をしていないということが最大の理由だ。ところが、つい先日同氏が私に会いたいと言っているとの連絡が後輩の代議士を通じて入った。回りくどいなあ、直接言えばいいのにと思いつつ、何事だろうと電話をすると、「公明党の取材をしているので貴方の話も聞きたい」とのことであった。当方としては願うところなので快諾したが、その際に著作を読みたいので送ってほしいと要請した。彼は『外務省』という新書を書いており、それが届けられるものと思っていたらあにはからんや、先に挙げたものと、もう一冊『現代日本政治史 政治改革と政権交代』が送られてきた。政治学を学ぶ学生向けの教科書だ。出版元は有斐閣。ざっと目を通したが、公明党に関する記述は極めて少ない。政治改革に果たした役割からするともっと紙数が割かれていいと思うのだが。なによりもPKO における市川雄一公明党書記長の戦いぶりが皆目でてこないというのでは、推して知るべしだ。こういうことだから公明党を改めて取材しようということなのだろう、と勝手に推測した▼『激論!』は9人の人たちとの対談で構成されている。学者1、評論家1、政治家7という割り振り。ジャーナリスト出身の学者だけに対談は読みごたえがある。なかでも第一章の細谷雄一慶応大教授との対談は面白く、知的刺激をいっぱい受けた。あとは、わが公明党の山口那津男代表のと、平沼赳夫日本維新の会代表代行のものに惹きつけられた(共鳴したわけでは勿論ない)。それ以外の6人のにはパンチがない。ハト派やハトとまでは言わぬまでもそれに近い穏健派の主張には食い足りなさが残る。細谷さんは立教大学時代に、かの北岡伸一氏に、そして慶応大学院時代にはわが学友・田中俊郎氏(慶応大名誉教授)に師事したという。薬師寺さんはこの16歳ほど年下の学者を相手に「欧州に見る寛容と和解の歴史」を語り、日本政治史におけるハト派のゆくえを探っている。細谷氏は各国でポピュリズムが広がって歴史問題がますます政治化すると、保守勢力(タカ派)は自国の正義を語り、リベラル勢力(ハト派)は謝罪と反省を語る。そのような大衆社会では自ずと、自尊心を満足させる甘いお話の方が受け入れられやすい。ハト派の出る幕は少なくなるというしだいだ。こうした指摘を受け、薬師寺氏は、現状を「(復讐心に燃えた)中韓両国の主張に日本政府が反発し、国内的に危機感を煽り、憲法の解釈を見直し自衛隊の活動範囲を広げようとしている」時ととらえ、軍事的緊張が高まりつつあるとの認識を示す▼安倍政権を自民党とともに支える公明党の山口氏はタカ派が強くなりすぎると、「国全体の安定感が疑われる」ので、「国としての包容力とか幅を持っていないといけない」と強調している。薬師寺氏は日中関係などでの山口氏の発言を「国際協調派ならではの主張だ」と持ち上げている。私のとらえ方は、国民の中におけるハト派的主張が後退しているため、相対的にタカ派が目立つということだと思う。公園に行くとハトに餌をやる人がいて、そこにハトが山のようにやってくる。ハトは餌のないところには姿を見せない。つまり、細谷氏が言うようにハト派的主張が国民受けしなくなったということに尽きよう。自民党内ハト派に期待ができない今、政権内ハト派としての公明党にますます期待が高まってこよう。(2015・4・26)

【この読書録のあと、薬師寺さんは力作『公明党』を書き、出版しました。私の発言も僅かですが出てきます。同世代の中で数少ない大学教授になった人だけに、仲間たちの思いも取り込んで、頑張って欲しいものと思っています。「ウクライナ戦争」をめぐって、一段と、その視点が注目されています。(2022-5-14)】

 

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