【43】「国際法など偽善に過ぎない」が‥‥──創価大学平和問題研究所『「人新世」時代をどう生きるか』を読む/8-3

 「大沼保昭文庫」が創価大学に出来た。それを記念するシンポジウムがさる3月6日に行われた。これはその記録である。サブタイトルに、大沼保昭先生の人間観、歴史観、学問観に学ぶ、とある。心打たれ、読むものを感動させずにはおかない。凄い小冊子である。ロシアのウクライナ侵攻から始まった戦争から、〝この世というもの〟を考える上で大いに参考になる★1990年代半ばに、中嶋嶺雄先生の主催される会で初めてお会いした。仰ぎ見る存在だったが、私とは同い年。その誼みで親しくさせていただいた。4年前に逝去され、その葬儀にも参列した。行動する学者として、いまわの際まで壮絶な仕事をされたことは知ってはいた。だが、遺作『国際法』の秘書役・蔦木文湖さんの語りを読み、仰天した。山田風太郎の『人間臨終図巻』の特別版と私には思われる★新聞記者として、また政治家として私は、人生の大半を、国際政治の現実を追うことに費やし てきた。やくざのいざこざと全く同じ。そんなものを追って何になる──時に、国際法学者を哀れみの眼差しで見たことも。そんな私が、大沼さんの「国際法など偽善に過ぎない」と言いつつ、同時に「意味がないわけではない」との発言をこの書で発見した。あまりにも謙虚で素直なことに、愕然とした★この書は人間・大沼保昭を、学問を通じ晩年近くに繋がった人たちが紡いでいてまことに興味深い。その中で愛娘・みずほさんの父親像が目を惹く。「皆さんが抱いている『好きだが嫌い。嫌いだが好き』とのもやもやした感情は私も共有できます」と、率直だ。「国際法に対するメッセージを」と父に迫った。大沼さんは、第二次世界大戦で日本がその活用を怠ったが故に国家滅亡の危機に瀕したとし、「国際法は日本国民が身につけ、活用すべきものだということにほかならない」と述べた。当たり前のことに聞こえる。だが、同時にたとえようもなく重く響く。(2022-8-3)

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