【99】2-② 読みたかったイラク戦争への反省記━━岡崎久彦『国際情勢判断・半世紀』

◆自伝の趣き漂う貴重な遺産

 新聞記者を経て政治家となった私にはお蔭様で学者、文化人に知り合いが多い。中でも「新学而会」という学者、知識人10数人で構成された勉強会(政治家も数人参加)は、私にとって大きな「知的栄養供給源」となった。呼びかけ人は私の学問上の恩師である故中嶋嶺雄先生(元東京外語大学長、前秋田国際教養大学学長)で、産経「正論」の執筆者らを中心に名だたる論客が隔月の定例会に集まってきておられた。その中での一方の旗頭が元外交官で評論家の故岡崎久彦さんだった。何回も食事を共にしながらご高説を聞いたものだ。

 2014年10月に亡くなられたから、もう10年近い歳月が流れたが、最後に書き残されていたものをまとめた『国際情勢判断・半世紀』が逝去後に出版された。ご夫人がそのあとがきに「家庭人としては本当に手がかかる大変な人でした」「自説を曲げない性格」「他人の意見を聞かぬ人であります」と書いておられるが、さもありなんと、大いにうなずいてしまったものだ。

 この本は自伝の趣きがあり、人間・岡崎久彦、外交官・岡崎久彦を改めて知る上で貴重な遺産となっていて、利用価値が高い。巻末にこの人の主な著作として30冊の単著があげられているが、『なぜ気功は効くのか』といった趣味の分野のもの1冊を除いて、残り全てを読んだものにとって、ダイジェスト版を目にするようでまことに意義深い。かねがねこの人に近くで接して、迫ってくるものは、ご自身の氏育ちに対する強烈なまでの自負心であると思われたが、第一章の「岡崎家に生まれて」の少年・学生時代のくだりを通じてまことに納得した。古き良き日本の香りはこういう家系に育った人から漂ってくるものだろう、と。

 外交・防衛の分野で仕事をしてきた私は多くの人から岡崎評を聞く機会にも恵まれたが、おおむね外務省の人間のそれは冷ややかなものが多かったと記憶する。曰く「あの人は外交官としての仕事をせずに本ばっかり書いている」「言いたいことをいい、書きたいことを書いて本当に幸せな人だ」といったような。この本の中で、なにゆえに自分が外務省の中の正統派から外されてきたかが詳しく書いてあり、改めてなるほどなあと首肯した。また、サウジアラビアやタイの大使時代に通常の対外的な仕事は公使以下の部下に任せて、大きなことのみに手を下すだけで、あとは本を読んだり書いたりしていたと、正直に明かしている。これでは評判が偏って当然かもしれないと妙に納得できた。また、宮澤喜一元首相をほぼ無視したり、後藤田正晴氏を「怖いが、信頼していませんでした」と切って捨てているあたり、信念を曲げぬこの人の真骨頂ぶりを強く感じる。

◆情勢判断を間違っただけで済まされるのか

 『隣の国で考えたこと』や『戦略的思考とは何か』といった初期の作品から、私は国際政治への手ほどきを受けた。また、陸奥宗光から吉田茂までの六人を描き切った『外交官とその時代シリーズ』全五巻や『百年の遺産 日本近代外交史七十三話』といった彼のライフワークともいうべきものからは知的刺激を受けまくった。その視点はまっとうな保守の立場に立脚したもので、過去に中道左派とでも言うべきスタンスをとってきた公明党の一員として大いに参考になった。しかし、岡崎さんが晩年に至るまでの様々な論考で、あくなく繰り返し説かれた「集団的自衛権を行使可能にせよ」との主張にはいささかうんざりもした。

 私は岡崎さんがあのイラク戦争の際に、アメリカの侵攻の結果、近い将来にかの地に自由と民主主義の旗が燦然と翻る時がくる、と述べられたことが忘れられない。国際情勢の判断をなりわいにされているのなら、自分の見立てが間違ったということを天下に明らかにしてほしい。寡聞にして私は岡崎さんがそれをしたということを聞かないままお別れしてしまっている。

 そこで、この本のなかに何か見いだせるか、とひそかに期待をして頁を繰った。しかし、ついに直接的には出くわさなかった。尤も、台湾の情勢について述べたくだりに「客観的見通しを話しているだけで、もしそうなっていなかったら、私の判断が間違っているだけの話だ」とあった。イラク戦争後の中東の見通しについても、現在の悲惨な事態を予測し得なかったのは、岡崎が間違っただけの話だということかもしれない。ただし、私としては、岡崎さんの〝反省記〟も読みたかったと心底思う。

【他生のご縁 一貫して無視され続けたわたし】

 岡崎久彦さんの本を私が読みまくった理由の一つは、市川雄一元公明党書記長の影響があります。市川さんは岡崎氏の学識の深さを高く評価しておられたからです。かつて、国会論戦で切り結んだ関係を懐かしそうに語っておられたのは忘れ難い思い出です。私はその辺りのことをこの人に話したことがありますが、全くと言っていいほど関心を示されませんでした。

 前述した「新学而会」でご一緒しましたが、つれない態度に終始されました。安倍晋三元首相が珍しくこの会に出席したことがあります。その時ばかりは、岡崎さんがいつになく、はしゃいでおられるかに見え、妙に納得したものです。

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