(101)安倍と柳澤とどっちが異質な存在か

柳澤協二さんが官房副長官補を退官して暫く経った頃、朝日新聞だったかに論考を発表したことが永田町界隈で話題になった。その中身たるや厳しく政権の側を批判するものであり、それまでの彼のスタンスからすると意外な感がしたからである。議員会館の私の部屋を訪ねてきた彼に、私が云った事を今でも覚えてる。「柳澤さんは保守の側に身を置きながら、政権を批判するというのはなかなか良い狙いだね。今の論壇を見渡しても、そういう位置からの発信は殆どないから、きっと受けるよ。これで役人を卒業しても立派に物書きとして食えるよ。さすがだね」ーイラク戦争をはじめとする様々な出来事にどう対応するかを巡って種々の意見を交換していた仲だっただけに歯にきぬ着せずに本音を投げかけた。彼は満更でもなさそうな顔をしていた。私の見立て通りの判断だったことは間違いない。その後数年経った現在、いや増して私の見方が正しかったことを裏付けるような働きぶりであり、今や安倍政権批判の論陣を張る急先鋒として名を高からしめている▼先日彼が芦屋市に後援をするために兵庫県入りすると聞いて連絡を取り、翌日の朝に懇談の時間をとってもらったことは既に別の場所で述べた。その際に、かつて前述の発言を私がした通りになったことを伝えると共に「大変な活躍だけど、それって思えば安倍さんのおかげだね」と皮肉交じりで讃嘆をしたものだ。彼はニヤリとしながら「おっしゃる通りです」と返してきた。柳澤さんだけではなく、霞が関の官僚の中でその立場を辞したあと、もの書きに転身して成功した人は少なくない。なかでも外務省や防衛省という役所は、外交・防衛を論じるというその性格上からも群を抜いて人材輩出源となってるようである。それだけ役人時代に云うべきことを言えずに我慢することが多いと見えて、辞めた後は息せき切ってぶちまけることが多いものと見られる。とりわけ柳澤さんは激しい。このたび彼が送ってきた『亡国の安保政策』も容赦なく安倍政権を切りまくっている▼彼は自身の立場が、歴代自民党政権の憲法解釈に則った政策判断に徹しているがゆえに、その道を外したように見える安倍政権を批判することは当然であり、なんら恥じたり悪びれたりすることはないというものだ。「アメリカとの軍事的双務性を進んで追求し、アメリカとの対等な関係を築くことによって大国としての日本を『取り戻す』という『報酬』を求めるパワーポリティクスへの転換」を目指す安倍政権は、「歴代自民党政権とは明確に異なる指向性を持った、異質な政権である」という。それを批判することは、言わばご先祖様から褒められこそすれ怒られることはないというのが柳澤さんの立場だろう。政権の側にいた政府高官の癖に安倍政権に弓を引くとは何事か、という彼に向けられる刃は,彼にとって痛くもかゆくもないどころか、そういう寝言みたいなことをいう人間は政治を知らないにもほどがあるといいたいのに違いない▼そういう彼の立場を率直に披歴したのがこの本だが、私にとって面白く読めたのは米国の安倍政権観のくだりだ。経済を安定させるうえでの安倍政権の働きをアメリカは認めるものの、「歴史の見直しを主張するタカ派的傾向がアジアの緊張を高め、アメリカの国益を損なうのではないかとの懸念」を抱いているとの見立てだ。さらに尖閣問題を巡っては「無人の岩(尖閣のこと)のために俺たちを巻き込まないでくれ」という米軍機関紙に掲載された論評や、議会調査局の2013年の報告に「米国は、尖閣をめぐる日中の紛争に直接巻き込まれるおそれがある」との指摘を挙げているのはまことに興味深い。かつて日本がアメリカの戦争に巻き込まれるとして社会党などが批判してきたが、あれから50年ほどが経って、今度は一転日本の仕掛ける戦争にアメリカが巻き込まれるといって懸念しているのだ。勿論、今もなお日本がアメリカに巻き込まれる恐れがあるとの懸念を表明する向きも多い。しかし、柳澤さんが注目するのはアメリカのこういう受け止め方であり、国際情勢の認識が安倍政権はズレているというのだ▼我々は鳩山政権について、現実におよそ根差さない、宇宙人のような政権だと批判してきた。柳澤さんはそれを、「パワーポリティックスに頼らない安保戦略を模索したが、それは実現の具体的手段を伴わない意味で、『夢見るリベラリスト』というべき戦略性のない戦略だった」と切り捨てる。と同時に返す刀で、安倍政権を歴代自民党政権が憲法に正面から挑戦することになるがゆえに露骨に追及を避けてきたパワーポリティックスを追及しようとする政権だとして、その危険性をあげつらっている。曰く「実現可能性のない国家目標を追及しており、それは鳩山政権との対比で言うと、『夢見るパワーポリティックス』だと。より正確に表現すれば、「夢見るパワーポリティシャン」であろう。つまり「力を信奉する政治家」というわけだ。リベラリスト的とリアリスト的と立場は正反対ながら、アメリカと対等に肩を並べたい、という指向性を持つ点で鳩山も安倍も同じ穴の貉だというと、安倍首相はどう反論するだろうか。ともあれ、リアリズムに依拠しながらリベラリズムを指向する中道主義の公明党は、安倍自民党に盲従しているわけではない。政権に身を寄せながら違いを出すことは至難の技であろうが、そこに私は期待したい。(2015・5・30)

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