(107)外交の練達の士が語る秘話の数々━━有馬龍夫『対欧米外交の追憶1962-1997』

 外務官僚の現役からOBまで、私に友人、知人は多い。20年間の代議士時代は言うに及ばず、記者、秘書時代にまで遡ると相当な数になる。しかし、真に尊敬に値すると思われる人となるとぐっと少なくなるのは当然だろう。そんな中で五本の指に入りそうな方が本を出されたと聞いたので、直ぐに読むことにした。有馬龍夫『対欧米外交の追憶 1962-1997』がそれである。400頁ほどで上下二巻。一冊4200円はいささか躊躇する値段である。この本の存在を教えてくれたのは、当のご本人でも、また相当に深いお付き合いをしてこられたはずの先輩代議士でもなく、仲間内の中堅代議士だ。彼は国会図書館で読んだという。私も引退後は本は出来るだけ、市立図書館で借りるようにしており、この本もそうすることにした。当然ながらこういう専門分野の新刊は、場末の図書館では置いていない。そこで、こちらが購入を申し入れて、買ってもらった。少し時間はかかったものの、最初の読者であり、真っ白な本を開く感じはなかなかいい。付箋を張り、注意書きをそこにしておけば、あとでまとめて貼ると記憶メモノートにもなる。新たな読書作法を実践した思いで気分も悪くはないのである▼有馬龍夫さんは1962年(昭和37年)に外務省に入省され、北米局長、内閣外政審議室長などを歴任。オランダ大使やドイツ大使をされた後、中東調査会理事長を務めておられた。私より一回り歳上だった。元をただせば、私などが知己を得る関係の方ではない。私が当選した1993年の前年には既にオランダに出ておられた。初めてお会いしたのは退官された後の1998年頃だったと記憶する。当選後5年ほどが経ったばかりの駆け出し代議士であった私にも丁寧に対応してくださったものだ。丹波實さん(元ロシア大使)といつも一緒に、私の仕事上のボス・市川雄一元公明党書記長と4人で幾たびかお会いさせていただいた。有馬、丹波両氏をはじめとする何人かの外務官僚は、石原信雄官房副長官(当時)のもとにいわゆるPKO法が導入されたときの政府要人グループとして位置づけられる。口さがない人たちは畏敬の念を込めて「PKOマフィア」と呼んでいたと聞く。私はいつもこの練達の士3人のそばで高邁な外交談義を聞かせていただいたものだ。「門前の小僧習わぬ経を読む」ならぬ、習った経を深めさせてもらったことが懐かしい▼有馬さんはひたすら奥ゆかしいひとだったとの印象が強い。丹波さんは触れると斬られそうでいささか接触が憚られたが、有馬さんは好々爺の風がないではなかった。このあたり、大先輩を料理するという愚を犯しそうなので、危険モードに突入する前に控えておく。この本は、今はやりのいわゆる「オーラルヒストリー」。新進気鋭の政治学者である竹中治堅政策研究大学院大教授が微に入り細をうがって、聞き取りを重ねた労作である。近過去の政治・経済について、専門の学者が実際に携わった関係者から事実関係や思いを聞き出す。こういった行為を通じて歴史の素描が展開されることは実に興味深い。この本で、とくに印象に残ったのは1981年5月の鈴木善幸首相の訪米中の共同声明に「日米同盟」の文言をめぐってトラブったことである。記者会見で同総理が軍事的意味合いがないという発言をしたことの顛末が述べられているくだりだ。この点、鈴木首相が凡愚の指導者であったと、今に至るまで語られていることに対し、当時同地で参事官だった自分の責任を感じ、ひたすら申し訳ないとの思いで語っておられる。いかにもこの人らしくて好感が持てる。私にとっては17歳という高校生の頃から、52歳の政治家盛りの時までの対欧米外交史である。これはどこまでも興味が尽きない外交交渉が連続する歳月だ。これからも読み返すことになろうとの予感がする。

【他生の縁 「PKOマフィア」たちとの陪席】

 市川雄一さんは、自分の付き合う政治家、外務官僚、作家などと会われる際に、積極的に私を同座させて下さいました。お陰で様々な方々と知り合う機会を得ることができました。そのうち、有馬龍夫さん、丹波實さんと会う時が一番楽しそうでした。PKO法という歴史に残る大仕事を共に戦った戦友意識が強かったと思われます。有馬さんが市川さんより二つ上、丹波さんは市川さんより三つ下でした。元ドイツ大使の有馬さんと、元ロシア大使の丹波さん。独ロ関係さながらにご両人は対極的な雰囲気をお持ちでした。

 私の事務所に上智大の女子学生がアルバイトをしてくれていました。彼女はその後外務省に入省し、モスクワの駐ロシア日本大使館に勤務。その当時の大使が丹波さんでした。ある時、懇談後の別れ際に、その女性のことをご存知かどうか訊いてみました。丹波さんは「知りません」のひと言だけ。有馬さんは、気の毒そうに、大使館には、大勢いますからね、とフォローしていただいたのです。

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