(108)戦後左翼たちを虜にした『資本論』の今風読み方ー佐藤優と池上彰

長く生きていると不思議なことに出くわす。かつて大学時代にマルクスの『資本論』を読むかどうか悩んだ末に、手にはしたものの殆どわからないで放置した。それが50年ほど前。その後、共産主義国家ソ連の崩壊とともに、「やっぱりね」と『資本論』を捨てた自身のかつての選択に自信を深めた。それが20年ほど前のこと。で、それもつかの間、今再びの『資本論』の季節の到来なのだから。尤もその登場の仕方は、共産主義、その柔らかな姿形としての社会主義の復活としてではなく、資本主義のなんたるかを分かるためのものとして、である。つまりは、かつては資本主義と決別するための座右の書であった(そういう活用の仕方が喧伝されていた)ものが、今は資本主義を再発見するためのものとしての地位を獲得しつつあるかのように見える。そういうことをあらためて自覚させてくれたのが佐藤優『いま生きる「資本論」』であり、佐藤優・池上彰『希望の資本論』だ▼この二人は今の現代世界に起こっていることを何でも見事に解説して見せ、それぞれの分野の専門家と対談し、そしてまたそれらの所産を本に表すということをやって見せている双璧に違いない。かたや外務省、かたやNHKで禄を食んだご両人だが、双方の出身母体からは、やっかみとくやしさ半分で、評価する向きが少ないと見える(私の友人たちだけかも)のは、この世のありようを感じさせて面白い。佐藤さんはどちらかといえば男性や大人の向学心の強い向き、池上さんは女性や若者の物知り好きの連中に好まれている節がある。それなりに棲み分けしているようでいてこれがまた面白い。『資本論』ものでいうと、池上さんには『高校生から分かる「資本論」』なるものがあるが、私なんかにはクセがある佐藤ものが好みだ。『いま生きる「資本論」』は、売る側の宣伝コピーによると、「人生を楽にする白熱&報復絶倒講座」というのだが、あながち過剰広告ではない。例えばこういうところだ。マルクスは、働き手に専門性がない場合は、「いくら人間としていい人であっても、代替可能な商品として扱われる」。だから、今の世では、「いかに資本主義システムの中で、そんな扱いを受けずに済むか」という指南書を書けば、よく売れる。経済評論家の勝間和代さんが「コモディティになるな、スペシャリストになれ」といい、「資本家」になれとはいっていない。「熟練労働者」という代替できない存在になれ、といってるのは、そういうことなんだ、と。続けて、尤も、彼女の自己啓発本は難しくて、なかなかその通りには実践できない。それに比べて佐藤が書いた『人に強くなる極意』は全部自分で実践したことしか書いていない、と。ちゃっかり自己宣伝も忘れていないのだから、抱腹とまではいかないまでもかなり笑える▼佐藤、池上の対談本の方もまるで”知的漫談”の趣すら漂う。いちいちは挙げないが私として嵌ってしまったのは、第六章「私と資本論」のくだり。とりわけ、革マルと中核派の内ゲバの実態や、既成左翼政党との佐藤氏自身の距離感を描いて見せているところなど興味深い。「革マル派の場合は、ベースは一応宇野経済学や梯明秀の経済哲学ということになっていました。中核派はどちらかというと、理論よりも、日本の任侠団体の歴史などと合わせて見たほうがいい」とあったのは門外漢の私としては意外だった。以前に私のブログ『忙中本あり』で『革共同政治局の敗北』を取り上げた(「ある左翼革命家の敗北と新たなる旅立ち」)が、あの本の著者の一人・水谷保孝はとても任侠道とは縁遠いと表面上にせよ見える男だからだ▼先日、佐藤優さんの崇拝者でもある柏倉義美氏(彼は元早大革マル。今は創価学会地区部長という変わり種。なかなかの知識人)が偶々書店で川上徹『戦後左翼たちの誕生と衰亡』を見つけ、その中に水谷保孝氏が載っていると知らせてくれた。去年の一月に出版されたもので、10人の新旧左翼活動家へのインタビュー構成なのだが、こんな本の存在は知らなかった。水谷は教えてくれなかったのだから、まったく水臭い。「次なる作品にこそ人間・水谷の生の声を期待したい」などと私が先のブログに書いたのに。彼は「(早稲田大の)雄弁会で初めての左翼の姿、ナマノ姿を見」て、「左翼って傲慢だなあ」と思いながらも「あらゆる権威に対する生きた批判精神を見た気がし」て、自分のそれまで育ってきた文化との違いを感じたと述べている。「あらためてマルクスを読まなければいけないな」と思ったというのだ。「60年安保闘争の敗北をのりこえる、戦後民主主義を打破する、社会党・共産党に代わる党をつくる、これがキーワードだった」とも。彼は本多延嘉という先輩活動家の影響を強く受け、その後の人生を決定づける。そして槇けい子(旧性)という左翼活動家と出会い、結婚する。彼女はたった一人の女性としてインタビューに答えているが、夫・水谷保孝がインタビューされると知って、自分も、と名乗り出たという。このあたり夫婦の妙なる関係を表していて、私には水谷らしいと思えた。ともあれ、初めて戦後左翼の生の声を聞けて、とりあえずは満足している。(2015・7・5)

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