選挙で忙しく、このところ〝忙中本なし〟状態であったのだが、ようやく刺激的な本に出会った。ちょっと趣向を変えて、この本を4回に分けて解説した上で、私なりに考えを及ぼしてみたい。タイトルにあるように11人の思想家を著者の片山杜秀さんは挙げているので、順次触れてみる。最初は、吉田松陰と福澤諭吉。実はこの本を読むきっかけとなったのは、毎日新聞の今週の本棚4-29付けの佐藤優評である。「時代の危機『知の遺産』に生き残りのかぎ」との見出しで、この人らしい魅惑的な視点で主に柳田國男と西田幾多郎を取り上げ興味深い内容だった◆まず、吉田松陰。この人は1859年に29歳で亡くなっているから、明治維新のほぼ10年前まで生きた。幕末の緊迫した国際情勢のなか、どうすれば日本が生き残れるかを考え抜いた松陰は、天皇中心の中央集権国家を目指す。また、西洋の戦い方をリアルに認識しようとする軍事的リアリストだった。当時の日本人を結集するために、天皇を戴き忠誠を誓う仕掛けを作ろうとした松陰は、その手段として「教育」で人材育成を図ろうとし、「松下村塾」でその理想の具体化に奔走した。この松陰の思想を体現した長州の若者が中核となって明治維新は実現したのだ、と◆ついで、福澤諭吉。松陰より5つ下。江戸末期と明治後期を生きた。著者は「日本という国のありようから個人の権利、女性の権利、そして天皇の独立というものまでを一貫してお金を主眼として考え抜いた人」が諭吉であると位置付ける。その思想は「お金を儲ける経済人をどんどん作って、日本が豊かになることで真の独立、自立を実現できる」というものであった。この「お金の思想」という経済のリアリズムを実践的な生き方の根幹においたがゆえに、今も古びない存在だという◆幕末に生まれ青年期を過ごした2人は、紛れもなき明治維新の礎を作った巨魁だ。松陰は軍事に卓越し、目的完遂志向が強かったが故に、「本質はテロリスト」と見る向きがあるが、それは一面的に過ぎよう。「教育を施していけば人間はどんどん立派になって、日本が発展するような人材がたくさん輩出すると考え」た松陰あればこそ、日本の近代化がアジアで最も早く成し遂げられたといえる。また、諭吉は、これまで「いかにすれば西欧列強に屈せずに一国の独立と国民の福利を確保できるかという問題を、文字通り命をかけて考え抜いた思想家」というのが一般的だ。それを片山氏は、「お金の思想家」として徹して語っており、ユニークではあるが違和感が漂うのは否めない。これは福澤の作った慶應義塾で学び、教えてきた人ならではの一種の〝身内の謙譲さ〟の表れではないか。余談ながら、「慶應といえば看板学部はやはり経済学部」との記述があるが、さて。もうその時代は終わったとの見方も昨今は強い気がする。(2023-5-12 続く)