読売新聞の橋本五郎特別編集委員に『二回半読む』という著作がある。本は一度読んだだけではなかなか理解できない。二回は読み、彼のような書評を数多く手がける人はさらに、という意味だった。また、作家の佐藤優さんは、二度ほど読み、また数か月経ってから読みなおすとより頭に収まるものだとどこかに書いていた。私の仕事上のボスだった市川雄一元公明党書記長は、自分が読んで感銘を受けたくだりは必ず身のまわりの人間に語ることを常にしていた。優れた読み手たちは、それぞれ工夫を凝らす努力しているものだが、私はそういうことを知りながら実践できないでいる▼佐藤優『池田大作大学講演を読み解く 世界宗教の条件』を読んで、一体自分はどこをどう読んだのだろうというショックを受けた。佐藤さんはこの10年で100冊を超える出版物を世に問うているが、『地球時代の哲学 池田・トインビー対談を読み解く』と並んで、この人の池田思想理解はおよそ半端なものじゃないことを改めて世界に明らかにしたと確信する。多くの弟子が師の偉業を活字で語ることに手間取っている間に、異教徒がここまで見事に創価学会の果たしてきた役割を披歴するとは‥‥▼北京大学での「新たな民衆像を求めて」という1980年の講演は、「友好と反目の二極化現象」にある昨今の日中関係を打開する上で極めて示唆に富む。池田先生は「中国は神のいない文明」(吉川幸次郎氏)だとの指摘を通じて、ヨーロッパ文明の「普遍を通して個別を見る」伝統に対して、中国文明というものを「個別を通して普遍を見る」という言葉に要約された。こういう素晴らしい能力をあなた方は持っているがゆえに「恐れずに改革開放政策を進めればいい」と中国を世界に誘ったのだ、との見立てはさすがに佐藤氏らしい鮮やかさだ▼経済面では共産主義下にありながら資本主義を導入するという”離れ業”をやってのけた中国も、政治面では依然として共産党一党支配のいびつな体制のまま。同講演において池田先生は「中国が文革の負の遺産を超克し、世界の大国になるには『新しい普遍主義』が必要だと説いた」。佐藤氏もその方向に舵を切ることを全面的に支持している。ところで、この講演から既に四分の一世紀が経つ。ヨーロッパ文明に根差す「旧来の普遍主義」が色褪せた今日、「新しい普遍主義」の姿は未だ明確には見えてこない。この講演を読み返してみて、「旧来の普遍主義」に無批判に身を寄せたままの日本の在りようについて、根源的な不安が沸き起こってくるのを禁じ得ない。問題はむしろ中国ではないのだということが痛切に感じられる。(2016・2.19)