【155】 (第1章)第7節 中国を舐めていると日本の没落は続く━━邉見伸弘『チャイナ・アセアンの衝撃』

 経済のリアルな現場からの新鮮な報告

 中国を分析する際に、政治の視点が経済を見る目をどうしても曇らせる。やがて中国が世界の覇権を握るとの予測をデータの裏付けと共に示されても、頭のどこかで打ち消す響きが遠雷のように聞こえてくるのだ。しかし、経済のリアルな現場からの報告は、全く違う印象をもたらす。邉見伸弘『チャイナ・アセアンの衝撃』は、これまでの「中国観」を台風一過の青空のようにクリアにしてくれる出色の本である。著者は、モニターデロイト及びデロイトトーマツコンサルティングのチーフストラテジスト及び執行役員/パートナー。豊富な図表、グラフを駆使し、章ごとに分かりやすいポイントをまとめてあり、読みやすい。

 この本が出て既に4年が経つ。中国が醸し出す経済状況は変化を見せ、ややもすればその「減速」を指摘する向きも多い。そうした疑問に応える2作目が『チャイナ・アセアン なぜ日本は「大中華経済圏」を見誤るのか?』(2024年9月)である。この2冊は、中国とASEANのとりわけ経済に関心を持つ人たちに必ず役立つ。

 まずは一作目の方から。「日系企業はここ5年で中国からの撤退が続く。大きな理由はコスト増だという」「自動車産業等においては日本企業がタイを中心に圧倒的なシェアを占めていることもあり、中国製品は安かろう、悪かろう、アフターメンテナンスでまだまだといった認識だ(中略)日本企業は簡単に切り崩せないという視点もある」━━こうしたくだりには、どこか中国を舐めて見る癖のある身には合点がいく。人権に無頓着で、お行儀も悪い、そのくせ計算高い。平気で交渉相手を騙す。そんな国民性を持った国の企業と付き合うのはとても骨が折れる━━これが概ね日本人の「対中商売観」だと思ってきた。中国に永住を決めた「和僑」の友人でさえ、ついこの間まで中国企業との商いはよほど習熟した者でないと危険だ、との見方を振りかざして憚らなかった。

 そんな見方で敬遠するうちに、彼我の差は益々開いたのかも知れない。中国の都市経済圏の凄まじい発展ぶり。地続きのアセアン都市圏との綿密な繋がり。自分たちが「知らないことを気づかない」うちに、怒涛のように様変わりしている「チャイナ・アセアン関係」。その実態が鮮やかに描かれていく。中国で人口が1億〜2億級の都市群が全土で5群〜6群もあるという。日本の人口は減りこそすれ増えはしない。この比較ひとつでも打ちのめされるに十分だ。著者は、国際会議やビジネスミーティング、会食等の場を通じた情報交換を貴重な情報源に、海外に出れば、現地不動産屋の案内で、津々浦々の人々の生活ぶりを収集してきた。コロナ禍にあっても、公開情報を丹念に読み込み、筋トレをするかのように、報道との差に繰り返し目を凝らす。その地道な作業の結果が見事なまでに披露されていくのだ。

 「減速」に幻惑されては実態を見損なう

 ついで2作目に眼を向ける。「猛烈な逆風の吹き荒れる中で執筆した」と、著者が「はじめに」で書いているように、コロナ禍以降の中国経済への世界、とりわけ日本の眼差しは厳しい。しかし、彼はズバリ「自分自身の視点(レンズ)の歪みがあるから」だと一言。日本のピントのズレを指摘する挑発をも辞さないのである。

 具体的に著者が挙げる「現実としての都市の実像」は興味深い。①杭州市で起きている爆発的拡大②広州と仏山の一体化で生まれる広域大都市③南京(江蘇省)と蕪湖、場鞍山、ジョ州(安徽省)の省をまたぐ経済圏━━これら3例を中国の新たな都市発展パターンとしているのだ。大きな中国を全土一体的に捉えがちだが、「分解」した上で、「センターピン」(ボウリング)を探すことの大事さを強調する。このくだりを読んでいて前作で殆ど強調されていなかった都市名が登場するのに驚く。狭間の3年の間に顕著な台頭を示したに違いない。短期間に変わる現実を見ないで、中国「悲観論」「衰退論」に幻惑される誤ちを突きつけられた感が強い。

 最後の章「日本が生き残る道」も示唆に富む。「アジアだけでなく世界が注目するアジアの中の交差点(十字路)を目指す」ことを訴えているのだが、その前提として、断片化(フラグメント)とスキャッター化する世界の方向を見据えることの重要性に力点を置く。前者は、商圏の組み替えを意味し、後者は、国境を越えたファン経済を指す。つまり、従来の国家間の競争ではなく、地域連携が複雑化する中で、どう日本が生き残りうるのか。それを「世界の交差点たれ」と表現しているのだ。

 これはまた、メイドウイズジャパンの浸透化であると言い換えてみると分かりやすい。日本を中心におく発想ではなく、「大きな世界経済の中で日本は下支えをする」「内側で日本がオペレーションするから安心である」といった位置付けを売りにすることの重要性を指摘する。

 著者はこれまで雑誌での論考でも「日本よりも中国に関心を抱く」ASEAN諸国の実態に目を向けてきた。そこでは、「ASEAN諸国は中国に呑み込まれるか否か」という「黒か白か」の議論では現実を見誤るという指摘には注目させられたものである。

 その上で著者は、「リテラシー・ギャップ」が最大の課題だという。日本人は、「国外で、政治でもビジネスでも教育でも、実際に何が起きているかを知らぬままに議論をし意思決定を重ねている」と手厳しい。具体的には、経済発展レベルは都市ごとに異なるのに、「ワンチャイナ」の視点では判断を曇らせることや、「ASEAN諸国の主要都市の経済水準は、日本の政令指定都市にも肉薄・凌駕する勢い」だから、「狭い意味での常識で考えては陥穽にはまりかねない」と。結論として「真のアジアの世紀は水平方向の地域経済回廊の構築からもたらされるもので、ASEANと日本、そして広義では米国も含まれるべきだ」というのである。読む者の世界観を確実に広げてくれる論考に強い充足感を覚えた。

【他生のご縁 尊敬する先輩の後継者】

 邉見伸弘さんは私の尊敬してやまない公明新聞の先輩・邉見弘さんのご長男。随分前から、親父さんからその消息は聞いていました。「慶応に入った。君の後輩になった」「卒業して経済の分析をあれこれやってる」と、それがやがて「中国関係の本を出した。読んでやって欲しい」となりました。

 「父から市川さんと赤松さんのことは、本の話と共にずっと聞いて育ちました」━━頂いたメールの一節です。心揺さぶられました。父子鷹を見続ける読書人たりたいと思うばかりです。

 

 

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