【155】中国を舐めていると日本は没落し続ける━━邉見伸弘『チャイナ・アセアンの衝撃』を読む/12-2

 中国を分析する際に、どうしても政治の視点が経済を見る目を曇らせる。やがて中国が世界の覇権を握るとの予測をデータの裏付けと共に示されても、頭のどこかで打ち消す響きが遠雷のように聞こえてくるのだ。しかし、経済のリアルな現場からの報告は、全く違う印象をもたらす。邉見伸弘『チャイナ・アセアンの衝撃』は、これまでの「中国観」を台風一過の青空のようにクリアにしてくれる出色の本である。著者は、モニターデロイト及びデロイトトーマツコンサルティングのチーフストラテジスト及び執行役員/パートナー。豊富な図表、グラフを駆使し、章ごとに分かりやすいポイントをまとめてあり、読みやすい。この本が世に出て既に4年余り。中国が醸し出す経済状況は変化を見せ、ややもすればその「減速」を指摘する向きが多い。ここでは、出版2年後に著者が補講的に発表した論考「チャイナ・ASEANの変質と加速」(Voice2023年4月号)を併せ読みながら、その実像を見抜く目を養いたい。アジアに関心を持つすべての人に役立つこと請け合いである◆まずは本の方から。「日系企業はここ5年で中国からの撤退が続く。大きな理由はコスト増だという」「自動車産業等においては日本企業がタイを中心に圧倒的なシェアを占めていることもあり、中国製品は安かろう、悪かろう、アフターメンテナンスでまだまだといった認識だ(中略)日本企業は簡単に切り崩せないという視点もある」━━こうしたくだりには、どこか中国を舐めて見る癖のある身には合点がいく。人権に無頓着で、お行儀も悪い、そのくせ計算高い。平気で交渉相手を騙す。そんな国民性を持った国の企業と付き合うのはとても骨が折れる━━これが概ね日本人の「対中商売観」だと思ってきた。中国に永住を決めた「和僑」の友人でさえ、ついこの間まで中国企業との商いはよほど習熟した者でないと危険だ、との見方を振りかざして憚らなかった◆そんな見方で敬遠するうちに、彼我の差は益々開いたのかも知れない。中国の都市経済圏の凄まじい発展ぶり。地続きのアセアン都市圏との綿密な繋がり。自分たちが「知らないことを気づかない」うちに、怒涛のように様変わりしている「チャイナ・アセアン関係」。その実態が鮮やかに描かれていく。中国で人口が1億〜2億級の都市群が全土で5群も。日本の人口は減りこそすれ増えはしない。この比較ひとつでも打ちのめされるに十分だ。著者は、国際会議やビジネスミーティング、会食等の場を通じた情報交換を貴重な情報源に、海外に出れば、現地不動産屋の案内で、津々浦々の人々の生活ぶりを収集してきた。コロナ禍にあっても、公開情報を丹念に読み込み、筋トレをするかのように、報道との差に繰り返し目を凝らす。その地道な作業の結果が見事なまでに披露されていくのだ◆ついで2023年の論考に目を向けたい。著者は、パンデミック前に比べれば中国経済は「減速」したかに見えるが、ASEAN各国との結びつきは基本的に勢いを保ったままであることを強調。とかく適切に認識しようとしない日本人の見方に警告を発し続ける。両者間における「インフラとデジタルの融合は、チャイナ・ASEAN経済圏においてすでに完成しつつあり、経済合理性に鑑みれば、パンデミック下でも貿易や投資の額は上向くのは自然な流れであった」と強気である。いや、それどころか、随所で「日本よりも中国に関心を抱く」ASEAN諸国の実態に目を向ける。ただし、それでも、経済成長をし続けるASEAN諸国への眼差しは地に足をけており浮ついてはいない。「ASEAN諸国は中国に呑み込まれるか否か」という「黒か白か」の議論では現実を見誤るという指摘には目を覚まさせられる。「いまではむしろ中国が欲しがるサービスや技術が手元にある。ASEAN諸国はすでに『選べる立場』へと成長している」というわけだ。この辺り、大いに刮目せねばならない◆その上で著者は、「リテラシー・ギャップ」が最大の課題だという。日本人は、「国外で、政治でもビジネスでも教育でも、実際に何が起きているかを知らぬままに議論をし意思決定を重ねている」と手厳しい。具体的には、経済発展レベルは都市ごとに異なるのに、「ワンチャイナ」の視点では判断を曇らせることや、「ASEAN諸国の主要都市の経済水準は、日本の政令指定都市にも肉薄・凌駕する勢い」だから、「狭い意味での常識で考えては陥穽にはまりかねない」と。結論として真のアジアの世紀は水平方向の地域経済回廊の構築からもたらされるもので、ASEANと日本、そして広義では米国も含まれるべきだ」というのだ。読む者の世界観を確実に広げてくれる素晴らしい論考に強い充足感を覚えた。

【他生のご縁 尊敬する先輩の後継者】

邉見伸弘さんは私の尊敬してやまない公明新聞の先輩・邉見弘さんのご長男。随分前から、親父さんから消息は聞いていました。「慶応に入った。君の後輩になった」「卒業して経済の分析をあれこれやってる」と、それがやがて「中国関係の本を出した。読んでやって欲しい」となりました。

「父から市川さんと赤松さんのことは、本の話と共にずっと聞いて育ちました」━━頂いたメールの一節です。心揺さぶられました。父子鷹を見続ける読書人たりたいと思うばかりです。(2024-12-2)

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