これが明治維新の実態だー奈倉哲三ら編『戊辰戦争の新視点』を読む

戊辰戦争ーいわゆる明治維新が実現する背後にあった戦の名である。1868年から1869年にかけて起こった鳥羽・伏見の戦いから、箱館(今の函館)五稜郭の戦いまでの総称である。薩長土の各藩を中心とした、新政府軍が江戸幕府を倒す契機となったものだ。その後、西南の役など様々の内乱が起こるものの、全国規模での内戦はこれが最後のものである。明治維新を「平和無血革命」だとする見方は結構根強い。フランス革命や、ロシア革命に比べて、比較的平和裡に収まったということからであろう。だが当然ながら現実には多くの血が流れた。たまたま毎日新聞で加藤陽子氏の「戊辰150年という立場」との書評を見て惹かれ、読んだ。奈倉哲三・保谷徹・箱石大氏らの編さん(執筆者18人)による『戊辰戦争の新視点』は改めて明治維新の実態を浮き上がらせてくれた■常日頃、歴史学者たちが書く歴史の書にあまり馴染まないものにとって、読むのに苦労した。だがそこは事実を丹念に掘り起こし積み上げた所産だけあって、それなりの手応えはある。「世界・政治」と、「軍事・民衆」といったタイトルのもと上下二巻4つの章に分かれているが、わたし的には国際法のなかにおける位置付けと、民衆の関わり方への考察が興味深かった。ともあれつい150年前に同じ日本人同士がちゃんちゃんバラバラの殺し合いを一年半近くもやったという記録を、縦横斜めから見る営みは重く深い。一日もかからないで決着がついた関ヶ原の戦いは、勝者と敗者を長きにわたって峻別した。260年ほども経ったあとに、その遺恨を晴らす逆襲が戊辰戦争だったとはあまりに単純化した見方ではあるが、否定しきれない側面から、振り返ることの面白さを痛感せざるをえない■ひとつ間違っていれば、欧米各国の餌食になっていたはずの局面で、結果的に見事に切り抜け得たのは何故か。条約を締結した各国が局外中立の立場を取る中での新旧両勢力の綱渡り的対応。まさに息を呑む展開を鮮やかに整理してくれている。各国注視の中での内戦は、敵の動向を見据えつつ、同時に各国の動きを牽制しながら進められた。「日本での内戦は死の商人たちにとっては絶好のビジネスチャンスであり、大量の武器弾薬が開港地で取引されることになった」し、「列強海軍としては、外国人の生命・財産に侵害が及べば、ただちに介入する準備を整えていた」わけである。文字通り、一触即発の危機だった。それを乗り越え得たのは、旧幕側も新政府側も共に有していた対外交渉の能力である。混乱のなかでの必死の外交戦は見事という他ないが、同時に運が幸いしたともいえよう■戊辰戦争の最中に各地で民衆がどのように生きたかを最終章では克明に描いている。「近世社会で抱えていた欲求・不満などを発露させる格好の舞台ともなった」し、その中から「自由民権運動などの政治活動に傾倒してゆく者も出現」した。そういった総括的な捉え方は勿論それなりに読ませる。ただそれとは別に、当時の民衆の感情を「水際だった面白さ」(加藤陽子)で描いているくだりには私も大いに共感した。徳川家の恩沢に長く浴してきた江戸の町名主たちが、新政府側をいかに庇ったかをユーモア溢れる錦絵の分析(奈倉氏は幕末期を風刺的に絵解きする手法を好む)を通じて示しているのだ。錦絵そのものは上杉謙信を描いているのだが、それが輪王寺宮(のちの北白川宮)を指すことは当時としては常識だったと知って、味のある当時の民衆の諧謔ぶりに舌を巻いた。本書が「維新期を学ぶ際の必携文献となってゆくだろう」との加藤さんの見立ては、多くの歴女や維新好きの老若男女にとっても拠りどころになるに違いない。(2018-7-23)

 

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