偉大な出版人の死で思い出したことなど (39)

元中央公論編集長の粕谷一希さんが亡くなってはや二か月ほどが経つ。類まれな出版人として著名なこの人は、『作家が死ぬと時代が変わる―戦後日本と雑誌ジャーナリズム』という本の中で、三島由紀夫と司馬遼太郎の死が時代を画したことを書き記している。一転、彼の死で、評論家が死ぬと時代は変わると、いう思いを持つ人は少なくないだろう▲実は、私は数年間にわたってこの偉大な言論人と席を同じくしたことがある。新学而会という名の(この名前は勿論、『論語』より由来する)会でご一緒させていただいた。私の学問上の恩師・中嶋嶺雄先生が呼びかけ人として行われたこの会には、名だたる学者・文化人が参加されていたが、とりわけ私はこの人に畏敬の念を抱いていた。なぜかと言えば、ジャーナリズムの世界に憧れ、新聞記者の端くれとして青年時代の一時期を過ごしたものとして、仰ぎ見る存在だったからである▲彼は、永井陽之助、高坂政堯、山崎正和、塩野七生といった言論人を育ててきたと言われる。世に粕谷学校といわれるものについては、今発売中の文藝春秋8月号の巻頭文「日本人へ」に詳しい。中嶋先生と共に永井陽之助先生の謦咳に、大学時代の講義で接したことのある私にとって、一緒のテーブルで語り合った時間は珠玉の趣きがあったという他ない▲残念ながら今ここで紹介できるような秘話は粕谷さんと私の間にはない。幾たびか話しかけてはみたが、会話は続かなかった。私の能力不足は勿論だが、粕谷さんももはや往年の鋭さを発揮されるだけの気力を持っておられなかったかのように思われた。会の合間に、時に居眠りをされていたいたことも今となっては懐かしい▲塩野さんは、前掲の小論で粕谷さんの『随想集全三巻』を推奨、「一昔前の日本に花開いた、知性の集合の観さえある」と書いて、読書欲を掻き立ててくれる。しかも、この三巻を読めば、”粕谷学校の生徒衆”の全集も読みたくなるとしたうえで、電子書籍化の効用まで説いている。何十冊であろうと、持ち運べるからだ、と。このほど、5冊目の電子書籍を刊行したばかりで、近く6冊目を出版する私にとって、大変に嬉しい言葉だ。(2014.7・10)

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