前防衛大学校長の意味深長な評価 (40)

今回の集団的自衛権問題をめぐる閣議決定について、これで「戦争に巻き込まれてしまう」とか、これで「平和を保つことが出来る」という賛否両論の立場からの議論があるが、どちらもかなりいかがわしい。安倍首相言うところの抑止力が破たんすれば、自ずと戦争になるのは当然だ。従来なら同盟国・日本として米国に対して何も出来なかったのが、出来るようになったということだ。それを恐れてどこかの国が先制攻撃をしてこなければ、今まで通り平和は保てるが、それでもなお、その国が仕掛けてくればそれが不可能になってしまうと言うに過ぎない▲前の防衛大学校長で神戸大学名誉教授の五百旗頭真さんが意味深長なことを公明新聞のインタビューで答えている。「事実上、憲法を変えられないなら、国にとって必要な場合、通常の法手続きで変えていかざるを得ない。というより、それは国権の最高機関が担うべき当然の仕事のはずだ」し、「憲法を抱いて死ぬ選択を国は行ってはならない」と、「解釈改憲」として必要以上に批判する態度を、批判している。今回のことがなければ、座して死を待つことになりかねなかったと述べているわけだ。私は、今回のことを「解釈改憲」だとは思わないが、紙一重だと思っているだけに、この五百旗頭さんの指摘は傾聴に値する。▲五百旗頭さんは、名著『日本の近代6 戦争・占領・講和』の末尾で「(戦後に)サンフランシスコ体制に守られて、経済発展と利益配分の小政治に没頭し続けるうちに、大局観に立った国家的自己決定能力を見失った感がある」として、「それに基づいて決断する者に漂う風格が失われた」と断じている。そのため、今後の日本は「他国民と世界の運命に共感をもって自己決定する能力」が求められる、と。今回の自公協議の決断も、そうしたことに繋がれば、戦後安全保障の歴史に大いなる転機を作ったことになろう▲五百旗頭さんは、私学の名門・六甲高校出身だ。この学校の生徒は、いつもふろしきを抱え、電車内で断じて座らないという校風を持つ(持っていたというべきか)。なんだか防衛大学校と相通じるものがありはしないか。その校長の職務を終えられたあと、「東日本大震災復興構想会議」の議長を務められ、多大な手腕を発揮された。私は様々な機会にお逢いし、教えを乞うたことがある。日本政治外交史、日米関係論の先達を前に、いつも小政治のプレイヤーの端くれの一人として、肩身の狭い思いを禁じ得なかった。今回のことを契機に、少しは日本の政治に胸を張れるようにしていきたい。(2014・7・12)

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