新型コロナを10年前に警告したド迫力ー高嶋哲夫『首都感染』を読む

この本の存在を知ったのはテレビで。新型コロナウイルスの恐ろしさを理解するために、との触れ込みでカミユの『ペスト』、小松左京の『復活の日』と共に紹介されていた。直ちに読んだ。まさにライブで現場中継を見ているように、ノンフィクションを思わせる凄まじい迫真性溢れる小説である。サッカーのワールドカップが中国で行われ、その観戦に世界中から40万人もの人々が集まっているちょうどその時期に、雲南省で強毒性のH5N1型の鳥インフルエンザが発生したとの設定。中国政府当局が発生の事実を隠したために、それぞれの自国に帰った観客によって一気に感染は世界中に拡大した。時は、20××年というが、まるで2020年のニューヨークを始めとする世界各都市のいまとダブって見えてくる▲全身が鬱血し、身体中の臓器から出血し、血を吐いて死んでいくとの描写は勿論、今現実に起こっていることとは相違する。また、日本にあっては感染者がほぼ首都東京のみに集中し、それゆえ封鎖することで、全国に被害が波及拡大することを抑えようとする設定も違っている。だが、それ以外は多くの点で類似していて、気味が悪いくらいである。こんな小説を書く人物って、どういう人だろうと疑問を抱いて読み終えたのだが、成毛眞(書評サイトHONZ代表)の解説を読んでまた驚いた▲阪神淡路大震災、中国でのSARS、東日本大震災の前に、『メルトダウン』『イントゥルーダー』『M8』『TUNAMI 津波』『ジェミニの方舟 東京大洪水』などといった小説を発表しているのだ。しかも、順序は大筋守られている。つまり、それぞれの小説の後に、現実の災害があたかも対比するかのように、起こっているのだ。今回の新型コロナウイルスの蔓延は、この小説が書かれた10年後、少し間隔があいているが、成毛さんが言うように「じつは小説家ではなく、予言者なのではないか」との見立てもあながち絵空事とも言えないようにさえ思われる。少なくとも「天災を忘れさせないための警告の書であり、それ以上の災害が起るかもしれないという未来のノンフィクションでもある」とはいえよう▲この小説、それだけではない。感染拡大に伴うロックダウン、首都封鎖といった緊急事態に人がどう対応するかに、ハラハラどきどきしながら読み進める中で、つい見落とされがちだが、親と子の抱える普遍的な問題についても、政治家、医者とその子の有り様を巡って考えさせてくれる。〝愛と死〟のテーマにも挑んでいる。また、主なる登場人物の死という問題が発生しないと、小説としてはどうだろうか、と思っていたら、終わり近くに大きく浮上してくる。しかも、その結末たるや、意外などんでん返し風のことががオチとして登場する。加えて、劇的効果が見られるワクチンについても用意されており、救いもある。ステイ・イン・ホームが声高に叫ばれている今、色んな意味で読むにふさわしい小説である。と、書いたのちに驚いた。なんと、著者は私の身近にいたのである。詳しくは別の機会に触れたい。彼の他の著作を読んだ後にでも。現実が奇妙な展開を見せてきた。(2020-5-1  一部修正)

 

 

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