知の巨人・後鳥羽院の悲劇を追うー坂井孝一『承久の乱』を読む

なぜ今『承久の乱』が読まれるのか。一般的には、公家から武士の世へと、中世社会のあり方を根底的に変えた大乱を、中央公論新社が4冊の「日本の大乱」シリーズの1冊として出したから、読んでみようかということだろう。このシリーズは、最初に出た(と思う)呉座勇一『応仁の乱』が大層評判を呼んだ(私も3年前にこのブログで取り上げた)こともあり、今や4冊合計60万部突破と宣伝されているほど、売れているようだ。出版社の巧みな戦略に乗ってしまったと言えなくもないが、呉座さんは今や歴史学界の売れっ子として人気である。偶々、この夏に刊行された井沢元彦『逆説の日本史』第25巻で、呉座勇一さんと井沢元彦さんの論争を知った。事の発端は、歴史学者の呉座さんが、推理作家の書いたものは評論に値せず、推理作家に戻るべしと井沢さんに「喧嘩を売った」ことにあるようだ。若い気鋭の歴史学者と、著名な推理作家の〝大げんか〟はギャラリーとしては実に面白い▲この本の著者・坂井孝一さん(創価大教授)についても、呉座さん同様やはり私はこれまで全く知らなかった。これまた全くの偶然に、NHKBSテレビの人気番組『英雄たちの選択』に登場されていたのを見た。学者にしてはかなりのイケメンであることにも興味を唆られた。個人的にこの本を今読もうと思った理由はこれ以外にも二つほどある。一つは、この大乱の主人公・後鳥羽院に関して、友人の電器屋さんにして作家の諸井学さんの『神南備山のほととぎすーわたしの「新古今和歌集」ー』で読んだばかりだからだ。既にこの読書録でも取り上げたが、丸谷才一さんの『後鳥羽院』に鋭く切り込んだ同書は、直木賞受賞に値するとさえ私は入れ込んでいる。二つ目は、歴史通で私が尊敬してやまぬ創価学会の大先輩幹部のFさんが、坂井さんのこの本を読了され、満足感を持たれたやに聞いたからである。自分も読んで感想を語り合いたい、と▲正直に白状すると、『応仁の乱』と同様に、当初なかなか嵌らなかった。歴史学者特有の硬い書き振りに、序章『中世の幕開き』ですぐに躓いてしまった。味気ない文章の羅列に、面白くないとの思いを勝手に募らせ、自分の知識のなさが原因であることは棚に上げて、すぐに放り投げてしまった(第1章まで行けば面白かったはずなのに)。尤も数ヶ月後に思い直し、忘れていた一計をこうじた。こういう時は後ろから読んでみよう、と。終章「帝王たちと承久の乱」から、頁を繰ることにしたのである。「後鳥羽の配流地隠岐島」というみだしで始まるこの章の冒頭。後鳥羽院が京から遥か隔たった出雲国の見尾崎で風待ちしていたのが、「承久3年(1221年)7月18日」と書かれていた。翌1222年は日蓮大聖人ご生誕の年である。ここから一気に土地勘ならぬ、錆びていた歴史勘が動き出した。ということで、第6章「乱後の世界」、第5章「大乱決着」、第4章「承久の乱勃発」と、一気に逆さ読みをしたのが功を奏し、無事読了となったしだい▲坂井さんの本で私が魅力を感じたのは例えの巧みなところ。承久の乱の鎌倉方と京方の勝因、敗因の分析を巡っての展開は特に面白い。「チーム鎌倉」が結束力・総合力を十二分に発揮したのに対して、「後鳥羽ワンマンチーム」はトップの独断先行が災いしたとの見立てがベース。その上に、実戦経験の有無、合戦へのリアリティの有無が左右したと分析。当初は、「後鳥羽が二段構え、三段構えの戦略のもと」に、「杜撰でも楽観的でもなかったはず」だった。ところが「先手を打ったにもかかわらず、逆に劣勢に立たされ」てしまい、「逆転できる可能性のある選択をすべて自ら放棄した」と結論付ける。また、後鳥羽院と貴族の君臣関係は、「現代にたとえれば、伝統ある大企業の四代目ワンマン会長(白河から数えて後鳥羽は四人目の治天の君、天皇を現役の社長とすれば、四代目の会長といえよう)と、管理職の社員の関係ということにでもなろう」と、社員の苦しさを具体的事例を挙げつつ解き明かし、「社員からすればたまったものではない」し、「貴族たちの苦労がしのばれる」と、実に分かりやすい例えが次々と登場する▲また後鳥羽院は、和歌、音楽、漢詩など多芸多才の極致を極めた「洒落のきいた遊び心のある帝王であった」し、蹴鞠や武芸にも秀でた人並外れた能力の持ち主であったという。「記憶力も抜群であり、今様にしろ和歌にしろ一度覚えると、二度と忘れなかった。芸術家にしてプロデューサー、おまけにスポーツマン」で、「まさに文化の巨人」であったことが克明に明かされる。そういった一大巨人が、「チーム鎌倉」軍団に完膚なきまでに敗れて、遠い遠い隠岐島に流される羽目になってしまう。そこから新しい時代が始まったという歴史の分岐点が、この本では見事に描かれており、実に読み応えがある。読み終えて、「呉座vs井沢」論争をどう思うか、坂井さんに急に聞きたくなってきた。一般読者としては面白い方に軍配を上げたくなるものの、過ぎたるは及ばざるが如しで、歴史学者をあまり虚仮にしすぎるのもいかがかとも思うのだが‥‥。(2020-10-14)

 

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