平和追求への営みの陰に咲くあだばな(56)

東京に住む友人から一週間前の9日に、突然メールが届いた。佐藤優『創価学会と平和主義』を読んだが、そのなかの139頁に私が登場しているというのだ。「中身を書きたくてウズウズしているが、(私が)読む楽しみを削いでしまう」から書かない、と。深夜のことゆえ、すぐに書店に行くことも出来ないので、いったい何が取り上げられているのか、あれこれ考えた。20年間の代議士生活の大半を安保・外交の分野に身をおいていた私ゆえ、まさに走馬燈のごとく委員会での発言がよぎってきた。不思議な経験だった。まさにありとあらゆることが思い起こされ、なかなか寝付かれなかったのである▼中国との関係が密接とされる公明党の中にあって、私は積極的に物言う姿勢を崩さなかった。予算委員会で、中国を訪問した自公の先輩政治家たちが、北京で中国におもねる発言をしたことを叱ったこともある。いかに外交辞令とはいえ、度が過ぎる、と。憲法調査会の場で、憲法9条の堅持を主張し続けるわが党内にあって、国際貢献をはっきりと明文上で可能にする記述を付け加えてもいいのではないか、と述べたことも一再ならずある。通り一遍の平和主義ではいけないというのが信条の私だけに叩けば埃はいくらでも出てきておかしくない▼非核三原則は、言うまでもなく、「作らず、持たず、持ち込ませず」だが、私の発案で、公明党は新三原則を提唱した。「作らせず、持たせず、使わせず」と。自らの姿勢をうたうだけではなく、他をも縛るものにすべきだ、との視点からだ。また、ヨルダンとの原子力協定が俎上にのぼった外務委員会で、自国の原発事故を解決できていない状況下にありながら、他国に原発輸出を堂々とするのは納得できないと論陣を張ったこともある。党の態勢がやむなしだったのを、ひっくり返した判断だけに物議を醸したものだ▼しかし、佐藤優さんはこれらのいずれにも目をむけたのではなく、まったく違うことを書いていた。鈴木宗男氏(外務委員長当時)に対する2009年11月18日の衆議院外務委員会での私の発言だった。鈴木氏には選挙で水面下の支援を個人的にも受けていながら、その恩を仇で返すかのごときことを(証人喚問質疑で)してしまったことは、ユーモア交じりではあったにせよ、ずっと気になっていた。しかも、佐藤優さんのまさに膨大な著作群を必死に追っかけて読み進むにつれて、肩に重くのしかかってきたのだ。このあたり、ご存じないひとには分かりづらかろう。冒頭に紹介した友などは、ネット中継で見ており、「あの発言は鮮明に覚えていますよ。赤松さんの誠実さに感動を覚えたものです」というのだが……。ところで、佐藤氏がこのくだりを挿入したのはなぜなのか、との疑問が禁じ得ない。全体の文脈からは外れており、いかにも付け加えた感は否めないのだ。かくして今もなお眠れぬ夜が続く。(2014・10・16)

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