反薩長史観に貫かれた講談調の『幕末史』

新しい年が明けた。ことしも旺盛に読書に取り組みたい。年明け早々三日の日経新聞の一面下の三段広告に「日本経済新聞目利きが選ぶ今週の三冊 12月3日付けで5つ星獲得、井上章一氏評 佐々木克『幕末史』」とあったのが目を惹いた。今年はNHKの大河ドラマに松陰の妹・文をヒロインにした『花燃ゆ』が放映されるから、去年の黒田官兵衛・戦国史から,再び「維新・幕末史」か、との思いがこみあげてきた。駅前の書店を覗くと、さっそく松陰もの、維新関連本のコーナーが設けられていた。しかし、そこにはお目当ての佐々木克『幕末史』の姿はなく、半藤一利さんの同名の著作が置いてあった。というわけで仕方なく、古い方の『幕末史』から取り上げてみたい(佐々木さんのものはそのうちに)▼半藤一利といえば「歴史探偵」の異名を持つ、元「文藝春秋」編集長にして、今は評論家であり作家だ。このひとの『幕末史』は7年前に出版されている。その直前に出た『昭和史』と同様に、少人数の人たちを前にしての「張り扇の講談調、落語の人情噺調」である。講談調,落語風で極めて読みやすい。前にも触れたことがあるが、この人の娘婿が私の友人で元産経新聞の政治部長北村経夫氏(現在、参議院議員)だ。彼の紹介で半藤さんとも十数年前だがお会いし、ひと夜あれこれと懇談させてもらった。話の中身はほとんど覚えていないが、開口一番「あなたはずいぶんとくだらない本を沢山読む人だね」と言われたことだけははっきりと覚えている。会う前に私の『忙中本あり』をざっと見られたのだろう▼半藤さんは、この本の主題は「いわゆる皇国史観(薩長史観)に異議を挟みたい」ところにあり、「(戊辰戦争で)西軍の戦死者は残らず靖国神社に祀られて尊崇され、東軍の戦死者はいまもって逆賊扱い」なのは不条理だから、その無念を晴らしたいと「あとがき」でも述べている。彼は越後長岡藩出身の父を持つだけに「賊軍」の汚名を着せられたうらみが根強くあるように思われる。「西郷は毛沢東と同じ」だとか「龍馬には独創的なものはない」などといった定説とは違った見方を提示されると、多義的な歴史の一端を知ることができるようで面白い。例えば、明治維新をどう見るかという一番の根本のテーマでも、半藤さんは維新という呼称はおかしい、単なる徳川幕府の瓦解だというし、ほとんど無血革命に等しかったと見る指摘があるのに対して、暴力革命だったと言い切る。この辺り、世界史の視点を含め、公正な見方をすべきだと、薩長、反薩長いずれにも与さない私などには思えてならない▼ただ、事実として、明治の世になった時点で、西軍と東軍のいずれに属していたかで、藩の運命が大きく分かれたことは銘記しておく必要がある。県名と県庁所在地が違うところが17県あって、そのうち14県が朝敵藩だったというのは、新政府の考え方を示していて、えげつないほど露骨だ。私の生まれた地・姫路などそれまでの力からすると、姫路県であるべきなのに、飾磨県にされてしまった。後の兵庫県の中心からも外され、今に至っており、長年の発展の遅れと決して無縁ではない。半藤さんはこうしたエピソードをふんだんに持ち込み、歴史を独自の視点で検証していく。『幕末史』を読んだうえで今度会うと、「くだらない本をやっぱりよく読んでるねえ」ってまたいうかどうか。新聞記者から政治家になった娘婿に、また会わしてくれと頼んでみよう(2015・1・6)

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